「堂島さんとも話していたんですけど、色々あったのに加賀谷さんのためにイタリアに残った奥さんは愛情深い素敵な人ですよね。そんな奥さんを加賀谷さんは溺愛していて、愛された奥さんはさらに美しさに磨きが……」
「そのへんにしておいてくれ」

照れくささと後輩にからかわれている居心地悪さに俺はむっつりとする。頬が赤らんでいたら困るのだが。
菊乃が巻き込まれた件は、大使館内のほとんどの職員が知っている。逮捕されたヴァローリ議員の関係者に勘違いで逆恨みされたというのが皆の知る事情で、おおむね間違っていない。俺の裏方の任務は言わなくてもいいことだ。

「こちらにいる間に第一子誕生ってこともありそうですよね」

伊藤の言葉に、俺は一瞬固まってしまった。
第一子というのが俺と菊乃の子どもという意味合いであると気づくのに時間がかかったのだ。

そうか、そういうことを考えても不自然ではないのか。
俺と菊乃は愛し合う夫婦。気持ちを伝え合ったタイミングは、それどころではなかったけれど、今は日常に戻ったのだ。
菊乃は妊娠出産についてどんな考えを持っているだろう。まだ一度もそういった話にはなっていない。
そわそわするような心地を抑える俺のもとに菊乃が戻ってきた。

「年末は大使館も忙しいですか?」
「領事部の方は少しバタバタしますよ。俺たちは交代で勤務です。年越し前後三日ずつくらいは休みますけど。ね、加賀谷さん」
「博已さん、クリスマス休暇前に文化交流事業の報告会があるんでしょう」
「ああ」

ふたりに生返事する俺の脳内には、『第一子』という言葉が居座っているのだった。