俺たちはプランナー紹介のフィレンツェの教会で挙式すると決めた。ふたりきりの挙式だ。フォトアルバムを作って双方の両親に送る予定である。親たちには旅費と宿泊費を出すからイタリアに来てみないかと尋ねたが、菊乃の両親は申し訳ないからと固辞し、うちの両親は菊乃の家に足並みをそろえる形で遠慮するそうだ。その分、写真や記念品はしっかりと贈りたいと思っている。

「現地で打ち合わせもするんですか?」
「ああ。来週末に行ってくるよ。ドレスの試着なんかはローマでもできるけれど、彼女も会場の雰囲気が見たいだろうから。彼女にも彼女の両親にも満足いく結婚式にしたい」
「加賀谷さん、優し~」

伊藤が冷やかすように声をあげる。俺としては菊乃のためなら、どんなことでもしてやりたい。あの事件からまだ一ヶ月、菊乃は普通に過ごしているし、ひとりで買い物や散歩にも出かける。しかし、命を狙われたのだから、心の傷は絶対にあるはずだ。

「博已さん、お待たせしましたぁ」

明るい声が聞こえ、菊乃が店に入ってくる。先日、仕立てたばかりのベージュの皮コートは、上品で彼女によく似合う。

「あ、伊藤さんこんにちは。私も一杯注文しようかな」

俺たちがエスプレッソを飲み始めたばかりと見るや、すぐに自分も注文しにいく。彼女はこの店のエスプレッソにハンドミキサーで泡立てた生クリームを乗せてもらうのが好きなのだ。

菊乃がカフェを受け取っている間、伊藤が耳打ちをしてくる。

「奥さん、いっそう可愛らしくなりましたね」
「最初から美人で可愛いが」

思わず反射で答えてしまい、伊藤相手にいらぬマウントを取ってしまったと恥ずかしくなった。案の定、俺の反応に伊藤は笑いをこらえている。