マーケットもあるが、菊乃は近くの市場が好きなので出かけることにした。屋外市場は店じまいが早いが、屋内の市場で午後も開いているところへ向かう。

「イタリアに来てから、サラミにはまってしまって。いろんなお店の味を試したいんですよね」
「確かに菊乃はよく食べているな」
「お昼ごはんはだいたいサラミやハムと適当な野菜をパンにはさんで、サンドイッチにしちゃいますねえ」

菊乃をいつまで家に閉じ込めておくのか、俺もまだ決めかねている。ヴァローリ側が何もしてこないと確信できれば、多少監視がついても菊乃を自由にさせてやれる。しかし、菊乃が見たメモの内容がわからず、外務省がこの情報をどう扱うかもわからない以上、簡単ではないかもしれない。

「博已さんは何が食べたいですか? 豚肉を買って焼きましょうか。売ってるのってだいたい塊のお肉でしょう。薄くスライスしてもらえるか聞いて、日本から持ってきたショウガチューブでショウガ焼きを作るとか」
「菊乃、不自由をさせてすまないな」

菊乃はきょとんとしてからにこりと笑った。

「博已さんと一緒にいられるから不自由でもなんでもないですよ」

そういえば、と表情を明るくする。

「昨日、博已さんから渡された封書、大使夫人からのランチのご招待でした」

確かに昨日、大使から預かった封書を菊乃に渡している。大使から職員の家族へ贈り物があることもあるので、中身などは聞かなかった。

「この前は大勢であまりお話ができなかったから、ふたりでどうですかって。行ってもいいですか?」