食事を終え、先にシャワーを浴びて寝室に入った。
とはいえ簡単に寝付けもせずに窓を開け、外を眺める。ローマの夜は東京の夜より静かな気がする。
この景色ももう少しで見納めになる。
よかったじゃない。イタリアなんてひとりでは来られなかった。英語を学びなおす機会も、イタリア語を覚える機会も、この契約結婚がなければ得られなかった。
半年の短い結婚生活。
迷惑ばかりかけてしまった。結果として、私の不始末でこの結婚が終わる。
それでも思う。身勝手だけど考える。
私はすごく楽しかった。博已さんの奥さんでいられて幸せだった。
本当は離れたくない。ずっとそばにいさせてほしい。
博已さんはもしかしたら少しだけ、私を女性として……好意の対象に感じ始めていたのかもしれない。私がすべて台無しにしてしまわなければ、ふたりの間には新しい関係が育ったかもしれない。
いいや、もう考えるのはやめよう。
端から私は彼の契約相手。仕事として妻になった。それで完結させよう、この物語を。

「菊乃」

寝室のドアが開く音とともに名を呼ばれた。
シャワーを浴び終え、まだ濡れ髪の博已さんがそこに立っていた。リビングの電気も落としているせいか、彼の顔は窓の月明りに浮かぶだけだ。やはり疲れた表情だった。

「どうしましたか?」

歩み寄ろうと一歩踏み出すと、彼はうつむいたまま言った。

「頼みがあってきた」
「頼み?」
「帰国した後のことだ」