私はひとり分のコーヒーを淹れ、ソファに座った。食欲がまったくない。
博已さんの仕事について、驚きはしたけれど納得もした。外務省の職員だ。国の中枢にいる人だ。有事に関わる仕事をしていてもおかしくない。諜報活動という仕事も、ミーハー精神ながら格好いいと思う。
だけど、彼は私にそのことを明かさなかった。昨晩のことがなければ明かすことなく三年間の任期を終えるつもりだったのだろう。

「信用されていなかったんだ」

つぶやいた自分の声にいっそう悲しくなった。博已さんは私に言う必要はないと判断した。そりゃあ、そうだよね。私みたいな素人が、意識して変な行動を取ったらいけないもの。
それなのに、私は勝手な判断で彼の足を引っ張ってしまった。

「いらないよね、こんな奥さん」

それでも彼は言ってくれた。自分の責任であり、私は悪くない、と。
帰国を勧め、安全も保障すると私を心配してくれている。
申し訳なくて死にそうだ。
博已さんの役に立ちたくて、少しでも必要とされたくてイタリアに来たのに。
たぶん、私が選択すべきは帰国だ。日本に帰った方がいい。これ以上、ここにいても博已さんのお荷物になるだけ。私がいなくなれば、彼も活動しやすくなるかもしれない。
ただそれは、私と彼の契約結婚の終わりを意味している。
私が妻でいる必要がなくなるのだから。

「博已さんに言おう」

日本に帰る、と。それだけを伝えよう。
私の胸にあるこの想いは言わない。絶対に口にせずに帰国するのだ。