三好夏菜子は動揺していた。いや、動揺するというよりはたから見ても分かる程に取り乱していた。


 女子高校生の情報網の目はあまりにも細かい。

 どこから仕入れてくるのか、女子高生専用の情報屋でも存在するのかと思うほど、簡単に転校生が来ることが2月の頃から噂にはなっていた。



 なんでも、家の都合で引っ越しを余儀なくされるということで、中途でやってくるとのこと。

 さすがの女子高校生でもそれ以上の情報は手に入らなかったようだ。


 夏菜子の通っているこの学校はそこまで頭のいい学校でもないし、転校にあたっての受験も難なくクリアするだろう、なんて話題で持ちきりだった。




 もちろん、男の子だ。

 そうじゃなければ2か月も前から噂が広がる必要性がない。




 容姿端麗で束感のある黒のショートヘア。若干面長で、目鼻立ちも整っている。

 もちろん、スタイルも抜群だ。

 男子はざわつき、女子は黄色い声援を送る程の格好良さだ。



 そんなイケメンが自分に向かって一直線に歩いてくるのだ。



 しかし、夏菜子はイケメンが来たから動揺しているわけではない。


 ここまでのイケメンを見たことがないので、確かにそれだけでも動揺するのだが……。


 話はHRが始まった時間までさかのぼる。



 * * * * * *



「みんなも気にしてただろうが、転校生がやってきました。ほら、黒板に名前を書いて自己紹介するんだ」

 クラス担任はそう言って転校生に使い古して短くなった白いチョークを手渡した。


黒板に向きクラスメイトに背を向けてチョークを構える姿も姿勢が良くて格好いい。

 カツカツとチョークと黒板が擦れる音が響く。



 『樋口 藍』



「ひぐちあいです。よろしく」

 そっけなく挨拶をした彼は一呼吸間を開けて言葉を続けた。