クールな同期と甘いキス


全ては貧乏なのが悪い。
ラップでお握りを握りながら、朝から自然とため息が出てしまう。
貧乏で借金さえなければ、こんなことにはならなかったのに。

ただ、お父さんを責める気にはなれないあたり私は甘いのだと思う。

しかし……。

一晩たって冷静になると、本当にこれで良かったのだろうかという思いが駆け巡った。

ハグなんて全然平気という人もいるだろうけど、異性と手を繋ぐことすらしたことがない私にはなかなかハードルが高い。

そもそもハグが条件って……、なにそれ。

でも、人は追い込まれた環境にいると、変な条件でも現状の苦しさに比べるとまだ良い方かもと思ってしまうようだ。
条件を抜きにすると、ここは天国かと思うくらい今の私にはありがたい環境だった。
食費は自分持ちとは言われたけれど、今ここにあるものは自由に使っていいとのことで、厚かましくも遠慮なくお米を炊いてお弁当用にお握りを作った。

「ありがたい……」

節約しながらもきちんと食事が取れることはなんて素晴らしいのだろう。じーんと感動しながら、昨日の三雲君を思い出す。

『このことは二人の秘密だからな』

そう念押しされるが、当然こんなこと誰かに言えたものではない。

会社で地味女の私が三雲君と一緒に住んでハグしているなんて知れたら、ちょっとした騒ぎになってしまうだろう。

「それは怖いな……」

それだけは避けたい。絶対に避けたい。
同居のこともハグのことも誰にも知られてはいけないことなのだ。口が裂けても黙っていよう。
そう心に決めていると、ガチャとリビングの扉が開いた。

「おはよう」

大きな欠伸をしながら、黒のトレーナーに身を包んだ寝起き姿の三雲君が入ってくる。

「お、おはよう……」

掠れ声と寝起きの色っぽさにドキマギしながらも横目でチラッと観察する。
眠そうな顔に少し寝癖がついたボサボサな髪。それなのにそんな姿もスナップ写真の一部の様になっているのだから、羨ましいを通り越してなんだか悔しい。

これで無意識なんだから凄いよね。

リビングのソファーではなく、カウンターキッチンの横にある小さなダイニングテーブルの席に座って伸びをしている。

これからこういった朝が普通になるのか。
慣れる日が来るのかな。
私は色気を振りまく三雲君から目を逸らすために、インスタントコーヒーの瓶を手に取った。

「コーヒー飲む?」
「ああ」

キッチンにいるからついでにと、コーヒーを入れて目の前に置くと「ありがとう」と低い声でお礼を言われた。
昨日の今日だから、さすがに側に寄るだけでもハグされるかもと多少警戒してしまうが、三雲君は席から動かず出されたコーヒーを飲んでいる。
さすがに朝からはないよね。少しだけホッとした。

「あの……私、もう出るね」
「もう? 早いな」

時計を見た三雲君が不思議そうにする。それに苦笑した。

「だって、一緒に出るわけにはいかないでしょう?」
「そう?」
「そうだよ!」

思わず食い気味に答えると、三雲君は「ふぅん」と言いながら新聞を読み始めた。

反応薄い……。さほど気にしている様子が見られないのは何故? そもそも秘密って言っていたのはどこの誰?

会社ではほとんど接点がないわけだし大丈夫だろうけれど、うっかり誰かに知られたら大変なことになると思う。
というか、私が大変なことになるのだろうから。
自分がひそかに人気ってわかっているのかな?

「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」

なんだかこのやりとりにくすぐったさを感じつつ、昨日預かった合鍵を使って、まだ寝ぼけ眼の三雲君を置いたまま部屋に鍵をかけた。

なんだか朝から疲れた……。

でも、男の人と暮らすってこういうことなんだな。短い間とはいえ、心が持つだろうか。

「やっぱり今からでも家を出る? ……いや、もう甘い蜜を吸っているから厳しいだろうな……」

駅に向かいながらため息がこぼれる。

それに、一日一回のハグとか……、大丈夫かな。
1日一回はどこかでハグをされる。それは朝なのか、夜なのか……。
それを考えるだけでも落ち着かなくなる。

仕事をしているときは集中しているし、三雲君と会うこともほとんどないのだけれど、定時が近づくとなんともソワソワした気持ちになっていた。
お陰で今日は何度もさくら先輩に大丈夫かと聞かれてしまった。