ジンがニヤリと笑い、ベアトリスに近づいてくる。ベアトリスは何が起こったのかわからない。


「どういうことですか、魔王様」


大仰な執務椅子に座るベアトリスを軽々抱き上げて、ジンが執務椅子に座る。膝の上にベアトリスを横抱きに座らせると、ジンは大満足に笑った。


「君の涙を溜めるものはない。

君が泣いてはいけない理由は私が消した。

だから、もう泣いてもいい」


泣いてもいいの一言に、ベアトリスの鼻の奥がキンと痛む。


何度も飲み込んだこの痛みを解放してもいいとジンは言ってくれている。ベアトリスのクリスタルブルーの瞳が潤み始めてしまった。ベアトリスは震える喉で小さく声を紡いだ。



「な……泣いても、人間国に帰らなくて良いと解釈してしまいますわ」

「そう思ってくれ。君をチビデブハゲ糞エロ変態伯爵にやりたくなくなったんだ」



ジンは膝の上に乗せたベアトリスの腰を抱き寄せる。使い魔の血がついた薄い肌の頬に冷たい魔王の頬を重ねてみた。


「私の側にいればいい」


吸いつくベアトリスの生肌があまりにもあたたかく甘美で、ジンのみぞおちのゾクゾクが高まる。彼女に触れると喉の渇きが薄れる。


「君の涙を、私だけに見せてくれないか」


ベアトリスは頬に寄せられるジンの冷たい肌を拒否する気にはならなかった。ベアトリスにはその甘い行為が、アイニャからの慰めに重なる。


アイニャはいつもベアトリスの頬に頬を優しく寄せてくれた。


ベアトリスは思いがけないジンの優しさに触れて、今にも零れ落ちそうな涙を瞳にいっぱいいっぱいに溜めた。そんな限界の瞳で、ジンの欲に染まった真っ赤な瞳を貫く。ついに涙の瞬間が訪れると、ジンの胸が期待に跳ね踊った。



「魔王様、私は仮初の妻です。

なのに、どうして私にそんなに優しくしてくださるのですか?」



だがベアトリスの涙が落ちる前に、ジンの口からは脳を介さない想いが零れた。ジンは知らぬ間に、ベアトリスに完全に魅了されてしまっていた。




「君を愛してしまった」




見開かれたベアトリスの瞳から、ついに一粒、涙が零れ落ちた。