ベアトリスを抱っこして持って帰ることにしたジンは、魔王執務室に到着した。ある妙案を思いついたのだ。


「ま、魔王様、何をなさるおつもりですか?!」

「言っただろう?君を泣かすんだよ」


ジンは執務室に入ると、魔王の大仰な執務椅子にアイニャを抱いたままのベアトリスを着地させた。ベアトリスのスカートは血まみれ、手も血まみれ、顔も血がついている。


「私は絶対に泣きませんわ。人間国に帰るわけにはいきません」


どこもかしこも真っ赤に血濡れのベアトリスが強気に発言するのは、ジンにとって異常なほど魅惑的だった。


魔族の男に、血の化粧は妖艶に映る。美しさを際立たせる血をふき取ってあげようという発想がない。


ジンは名残惜しくベアトリスを視界から追い出し、執務室の奥へと向かった。一瞬でもベアトリスから目を離すのが惜しいと感じている。


「魔王様?」


執務椅子に置き去りにされたベアトリスは、動かないアイニャを抱きしめて何が起こるのか警戒した。


ついついジンに気を許すベアトリスの加護は、ジンに全く反応しない。何をされるかわからない恐怖がベアトリスに小さく生まれた。


「これを見たことがあるかい?」


執務室の奥から小瓶を持って現れたジンに、ベアトリスは答えた。見たことはないが、生贄姫に関係のある小瓶と言えばそれしかない。


「涙の小瓶、でしょうか?」

「そう、これが君の涙を溜めるための小瓶だよ。君が泣けない理由はこれだよね」


この涙の小瓶いっぱいに泣けば、生贄姫の役目は終了。


人間国に強制送還だ。


ベアトリスが返事の代わりに唾を飲み込むと、ジンは即座に涙の小瓶を床に叩きつけた。


「え」


ガラスが割れる盛大な音が響いて、涙の小瓶は粉砕してしまった。



「さあ、これで涙の小瓶はなくなった」