「静まれ」


年齢不詳の美貌魔王様のジンが右手を軽く持ち上げて、一言静かに述べる。するとベアトリスに向かって降り続けていたけたたましい怒号が一瞬で止んだ。


結婚式に集まった全ての魔国民がその場に片膝をつき、深く頭を垂れる。


誰一人として同じ姿をしていない魔国民たちが、完全に服従する光景にベアトリスは息を飲んだ。


魔族は魔王を敬愛する種族だ。魔王ジンの一言は強烈な強制力を持っている。


魔王ジンがゆっくりとベアトリスに口を開く。


「人間国の生贄姫、ベアトリス。君は私のために泣けないのかい?」

「泣けませんわ、魔王様。絶対に」


背の高いジンがベアトリスに一歩近づいて、赤い瞳で見下した。


「涙の小瓶を満たすまで泣くだけで、離婚できて一つの傷もなく帰れるよ?

今までの生贄姫はみんなそうしてきた。

早いものなら一週間で離婚成立だ」


美貌の泣けという圧力だが、ベアトリスは一歩も引かずにクリスタルブルーの瞳で睨み返した。


「涙の小瓶をいっぱいにするどころか、一滴だってあげませんわ」


ジンは片眉をピクリと持ち上げて不満を示す。背筋の凍るような冷たい眼差しにベアトリスは死の予感を飲み込んだ。


(大丈夫。生贄姫に危害を加えることは、たとえ魔王だってできない)


どんなに魔国民全員に拒否され邪魔者扱いされようが、泣かなければ離婚はできない。



だって魔王ジンは生贄姫の涙を、喉から手が出るほど欲しがっているからだ。