ベアトリスは側にいた男の子を抱きしめた。もう死ぬならそれくらいしかできない。ぎゅっと衝撃を備えて目を瞑ったが、ベアトリスを襲い来るものは何もなかった。


(あれ?)


強い風が吹いただけ。



「ベアトリス、待たせたね」



耳が震えるほど喜ぶ声にベアトリスが目を開けると、黒のマントがなびいていた。


牡牛のツノ、漆黒の長い髪、尖った耳の愛しい魔王様が美しく振り返った。



「魔王様……?」



魔王ジンの右手から蒸気が出ていた。その右手で脅威を消滅させたのだ。



「魔王様だぁ!」



ベアトリスの腕に抱かれていた男の子がジンに飛びついた。ジンの周りに魔国民が群がる。



「火の玉を一瞬で消すなんて!さすが魔王様!」

「ご無事だったのですね!!」

「みんな、仲良く良い子で待っていたね。後は任せてくれ」



ジンはにこやかに彼らを褒めて、地下へ行くように誘導した。肩から腹部に奔っていた傷は綺麗に治り、服だけが艶めかしく破れたままだ。


鮮やかに国民を捌いたジンの前で、ベアトリスは腰が抜けて立てず放心していた。



「本当に魔王様でしょうか?」

「ああ、間違いなく、君のジンだよ」



ジンがベアトリスの前に跪いて、ぼさぼさに乱れた金色の波髪を撫でて整えてくれる。ベアトリスの頭に巻かれた包帯に滲む血、頬を汚す赤黒い血をジンは順番に指先で撫でた。


ベアトリスはこれが夢だと、都合のいい妄想だと言われても、全然驚かない。



「夢でしょうか」

「まだ信じられないなら、君自身で、確かめるしかないようだね」



ジンは片眉を上げて皮肉に笑い、冷たい手でベアトリスの頬をなぞる。目の前の光景がまだ信じ難いベアトリスは何度も瞬きを繰り返した。


ジンの顔が傾き、ベアトリスの唇に冷たい唇が重なった。


確かに、最愛の魔王様が、そこにいた。


キスを終えたジンはニヤリと笑った。


「私がここにいると、認めてもらえたかな?」