魔王の執務室の奥に恭しく備えられた涙の小瓶に、サイラスが黄緑色の目を向ける。

生贄姫が流した涙は自動的にこの小瓶に蓄えられるように魔術がかかっている。


ジンは空っぽの小瓶を見て、ポイと羽ペンを投げ出してから足を組んで腕を組んでニヤリと笑った。


「私の新しい幼な妻が泣く前に、私が寿命で死ぬんじゃないかな?」

「ジン、滅多なことを言うな」


ジンは皮肉をきかせて笑ったが、サイラスはふぅと大げさにため息をついた。魔王にとって生贄姫の涙は必要不可欠なものだ。


生贄姫の涙は「魔王の寿命を延ばす」ことができるからだ。


何十万年も前に初代魔王が涙の効能に気づき、人間国との生贄姫条約が始まった。


人間とさらっと結婚して

ちょっと泣いて

サクッと離婚してもらうだけの

シンプルな条約だ。


そして、生贄姫を捧げる限り、人間と魔族はお互いに領土の不可侵を守る。


50年に一度の頻度で生贄姫の涙を飲めば、魔王は

精神の限界を迎えるか

自死を選ぶまで肉体的に死ぬことがない。


まだまだ若手な魔王として国を精力的に治めていきたいジンは、今回も滞りなく生贄姫の涙を手に入れるはずだった。


なのに、ベアトリスの「絶対に泣きません!」発言で予定が狂っている。


生贄姫が泣くのが先か、ジンの寿命が先か。


これはそういう切実な問題だ。


ジンの側近でありながら、主治医も務めるサイラスも大ため息になるはずである。