あんまり憂鬱な顔をしている新しい細胞弟子が鬱陶しいので、サイラスは苦々しく聞いてやった。


「ジンと何があった?」

「ケンカしてしまいました」


まさかサイラスがベアトリスの機嫌を見ているとは知らなくて、サイラスの質問はベアトリスには意外だった。


授業初日に「お前のことは細胞と思っている」を宣言する正直な先生だ。細胞に興味はないと思っていたのに気にかけてくれた。


サイラスが授業を中断してパチンと指を鳴らすと、ベアトリスの勉強机の上に生き血ジュースが振る舞われた。


「気遣いは嬉しいけれど、飲めませんわ」

「飲め」


エリアーナなら大喜びしてくれるところなのに、この細胞弟子ときたらつまらない。サイラスは身体に似合わないサイズの執務椅子に深く座った。


「お前は魔国の王妃。魔国の文化に染まるのが当然だ」


ベアトリスは真っ赤を通り越して赤黒い生き血ジュースを見つめて喉をゴクリと鳴らした。サイラスの意見は真っ当だった。


「確かに、サイラス様の言う通りですわ。魔国に入れば魔国に染まれですわね」

「そうだ」


ベアトリスは今まで散々避けて来た生き血ジュースに思い切って口をつけた。


口の中にどろっとした感触が満ちて、次に来るのは甘酸っぱい香りと爽やかな口当たりだった。ベアトリスの瞳が自然と見開いた。


「見た目はエグみが強いですが、美味しいですわ」

「美味いからみんな飲む」

「私、知らないことが多いのですね」

「己の無知を知りて一歩目だ」

「さすが賢者サイラス様ですわ」


サイラスが生き血ジュースの成り立ちやうんちくを語ったあと、ベアトリスは口の周りを真っ赤にして昨夜のケンカについて相談した。


するとサイラスは黄緑色の目を見開いて、心底軽蔑した顔になった。


「お前、婚姻して一年たたずにキスを迫るなんて痴女だな?」