天才パイロットは交際0日の新妻に狡猾な溺愛を刻む

「HA1102. Runway36, runway is clear. wind 350 at 10.(ヒノモトエアー1102。滑走路36、離陸に支障はありません。風は350度から10ノットです)」

『Runway is clear, HA1102.(離陸に支障なし、ヒノモトエアー1102)』

 副操縦士の声が聞こえてくる。このお馴染みのやり取りも、ここでするのは最後。

 寂しさをひしひしと感じながらも無線を握り、高度八千フィートを超えたら通報するよう声をかけた。

 エンジンの出力が上がり、轟音を響かせて明かりが灯った滑走路を走り出す。相良さんが操縦桿を握る機体は、滑走路を長めに使ってふわりと浮き上がり、無事にテイクオフした。

 夕闇が迫る空にナビゲーションライトが遠ざかっていく。達成感と喪失感が入り交じったような気持ちで見送っていると、HA1102便から無線が入る。

『Matsumoto radio,HA1102. Leaving 8000.(松本レディオ、こちらヒノモトエアー1102。高度八千フィートを通過しました)』

 その交信を聞いた瞬間、はっとした。

 さっきまでと声が違う……これは絶対に相良さんだ。もしかして、離陸の操縦が終わって機体が安定したから担当を変えた?

 瞬時にそう察しつつ、とりあえずいつものように返す。