市役所に通じる道路は市警の警察官と州兵が完全封鎖していた。市職員は身分証を見せれば通してもらえるが、一般市民は身分を証明できるものを見せても通過が許されない。無理に通ろうとする者は阻まれた。制止を振り切って中へ入ろうとすると逮捕される。抵抗する者は激しく殴打された。幸いなことに死者は出ていないが、完全武装の警官隊と州兵部隊には発砲許可が出ており、死人が出てもおかしくない状況だった。
 異常な事態である。市民からは不満の声が上がっていた。市役所と市警本部そして州兵を統括する州政府に苦情の電話が殺到していたが、市と州当局は無視を決め込んでいる。過激派対策が最優先なのだ。
 これほどまでに要警戒なテロリストとは何者か?
 ジュンとジュネという同性愛者のカップルだ。二人は憲法が認める同性婚の権利を行使しようと市役所へ婚姻届けを提出しに行って受け取りを拒否された。州政府の法律には同性婚の記載がないため、書類は認められないというのが理由である。市への抗議がなしのつぶてだったので州政府に抗議文を送り付けたが、これも無回答だった。地方レベルでは話にならないと考えた二人は中央政府の出先機関へ相談した。中央政府の回答は明確だった。同性婚を認めない市と州の対応は憲法違反である。ただちに書類を受理せよ、という命令が市と州政府に送られた。地方政府に結婚を認められなかった同性愛者のカップルが中央政府を味方につけたわけだが、これが市と州当局にとっては体制を揺るがす極悪人に映ったのである。
 この地方が元来、保守的な土地柄だったこと。そして革新政党が与党の中央政府と保守派の牛耳る地方政府の対立があったために、ジュンとジュネの同性婚が大問題に発展してしまったのだった。二人を応援するグループが現地入りし調整を図ったものの解決には至らず逆に、その中の強硬派がデモ行進を実施したことが相手を刺激してしまい、遂に警官隊と州兵部隊の動員による市役所封鎖という事態に至った。
 中央政府は地方の過剰反応を事実上の反乱とみなすか討議を重ねた。反乱とは認定されなかったが、政権内では強硬案が選択される。首都の治安維持を任務とする陸軍空てい部隊と歩兵部隊の現地派兵が決まったのだ。
 中央政府の派遣命令を受け州政府は州空軍に最高レベルの警戒を命じた。州空軍の戦闘機部隊は空てい部隊の輸送機を撃墜し、爆撃機部隊は歩兵部隊を載せたトラックを木っ端微塵に吹き飛ばす準備を始めた。
 情勢の悪化を目の当たりにして、無関係の市民の間に動きが見られた。内戦の勃発を恐れ市街地から逃げ出そうとする者が現れたのである。
 別の動きもあった。一部の市民が同性愛者への迫害を始めたのだ。市警が見て見ぬふりを決め込んだので暴力がエスカレートした。被害者側や報道各社が事実を広く世界に公表したため、世界各国から非難の声が上がった。中央政府は一刻の猶予もないと判断し派遣予定の部隊の出発を急がせると共に、現地駐留の陸軍部隊にも出撃を命じた。
 だが、これは危険な一面があった。現地の陸軍部隊は、その土地の出身者から成る。彼らが中央政府の命令を拒否する恐れがあるのだ。最悪の場合、市と州当局に合流するかもしれない。それは反乱の序章と考えて差し支えなかった。
 中央政府の与党は特使二名を派遣した。一人は地方政府側へ、もう一人はジュンとジュネの元へ。地方政府への特使は市役所の封鎖解除を要求すると同時に、それを拒否した場合の中央政府の対応を伝えた。国境線から移動させた陸軍戦車部隊と最新鋭戦闘爆撃機部隊が数時間以内に進撃を開始するという通告に州軍首脳は震撼した。州空軍の航空機は旧式機が多く、それでは最新鋭機に太刀打ちできない。それに州兵の装備では厚い戦車の装甲を貫けなかった。総攻撃されたら彼らに勝ち目はなかったのである。
 ジュンとジュネに派遣された特使は、市役所への婚姻届け提出を諦めるよう促した。その代わり中央政府が特別措置として二人の結婚を認めると伝えた。
 特使との会談終了後、市と州当局の首長は市役所の封鎖解除を宣言した。ジュンとジュネはマスコミに対し、事態の早期収拾のため特使の提案を受け入れると発表した。そして二人は特使に保証人となってもらい中央政府へ婚姻届けを届け出た。この騒動はそれでようやく収まったのである。
 ところで、この事件がどうして「ジュンとジュネのジューンブライド事件」と呼ばれるかというと、ちょっとした事情がある。二人の婚姻届けが首都の関係省庁に届けられたのは五月末だったが、担当の役人が書類を決裁したのは六月に入ってからだったので、二人が結婚したのは六月ということになったのだ。
 ジュンとジュネが末永く幸せに暮らしたのも、他の同性愛者が普通に結婚できるようになったのも、ジューンブライドのおかげだという都市伝説があるけれど、お題が「都市伝説」だったのは四月のことだ。五月末の今は「ジューンブライド」だけですべての説明が付く。