無口な彼、お利口な彼女


***

淳平は思い出している。
中1で自分を信じてくれて、自分の中で大きな存在感を放つようになった未央が、中3で告白してくれたこと。飛び上がって喜びたいところを、うまく言葉にできず、色々すっ飛ばして「付き合う?」と聞き返してしまったこと。それが結果的に実を結んだこと。
それ以来、予定のない日は必ず一緒に下校していた未央から、昨日初めての二言を言われたこと。

「手を繋ごう」

「言葉にしてほしい」

教室の少なくとも半数が明らかに眠りこけている現代文の授業中、淳平は考えていた。昨日の未央の涙の意味を。

普段は率先して机に突っ伏す淳平が、珍しく起きている。その光景は、担当教諭には珍事であった。
キーが高く、ゆったりした口調が特徴の現代文担当・山科は、初老の男性教員である。かなり小柄で、量の少ない真っ白な髪は毛先があちこちを向いている。彼はぶ厚い眼鏡を通して、淳平が目を覚ましているという事態を目の当たりにして心底驚嘆したが、誰もそのことに気づくことはない。3秒ほど静かな間が続いただけで、何事もなく授業は進行した。

そんな間のことなどもちろん気づくはずもなく、淳平は引き続き考えていた。

手を繋ぐことよりも言葉が足りていないと言われたことのほうが衝撃だった。
伝わっている気でいた。

(じゃあそもそも、何で付き合ってんだ?
 俺たち)


答えに辿り着くことなく、授業の終わりの鐘が鳴った。
結局淳平はすべての授業を通して起きていた。

***

6限が終わった。今日からテスト期間のため、毎日未央と帰ることができる。嬉しい反面、昨日公道で未央に涙を流させてしまったことを思い出して複雑な気持ちになる。

淳平が帰り支度していると、試験勉強に必要な資料集やテキスト類を部室のロッカーに置き勉していたことに気づいた。それらがないと流石に困る。淳平は未央に短くLINEを送ると、部室へ急いだ。

「おっすー。淳平も置いてたんか〜」

部室では同級生が3名たむろしていた。
皆同じバスケ部1年の、梶、岩井、榊という、テスト期間になって初めて置き勉を思い出した同類たちだった。取りにきたところで帰って勉強する気にもなれず、無駄話に花を咲かせていたらしい。
岩井は最近彼女ができたと話題になっていた。比較的大柄な淳平と同じくらいの背丈の、細身でひょろっとした男で、部内では梶の次にひょうきんで通っている。
淳平はふと思うことがあり、とっさに「あのさ」と岩井に声をかけていた。バスケのプレイに関すること以外で彼に興味を持ったのは初めてかもしれない。岩井本人や他の2人から見ても珍しい組み合わせだったため、さっきまでの談笑が途絶え、皆の意識が淳平の次の言葉に集中した。

「....なんで彼女と付き合ってんの?」

「...え?なに神木、こえぇんだけど」

「わりぃ」

聞き方に威圧感があったようだ。気を取り直して、質問を改めようと頭を捻っているうちに別の部員から茶々が入った。

「淳平〜、普通に考えて岩井のロマンス聞きたいか?」

「いや、それはいい」

「いいんかい」

「そういうんじゃないんだけど...
 岩井とか、他の奴らでもいいけど、皆何が目的で付き合ってんのかなって」

「「「目的って...」」」

にわかにその場が色めき立った。

「男子高校生にそれきくか?!」

「なんだ神木!それきいて俺をどうしたいんだ!!
 言ってみろ!!!」

「まって、もしかして目的は岩井クンの彼女?
 ヤダこの子やり手..」

沸き立つ場をなんとかなだめる。

「ごめん、俺の聞き方が悪かった。
 えっと、俺昨日、言葉足りないって言われて...」

「いまさら?誰によ?」

「か、のじょに」

口にした瞬間、さすがの淳平もこれは失敗したと気付いたが時すでに遅しで、"彼女"というキーワードが余計火に油を注ぎ、先ほど以上に激しい集中砲火に見舞われることとなった。
しばらく口を挟めずにいると、あらかたの感情を吐き出して落ち着いたのか、当の岩井が助け舟を出してくれた。

「えーっと、最初の質問に答えるぞ!
 好きだからだよ!お互い!
 んで、付き合っとかねーと他に取られるだろ」

横から梶が口を挟む。

「付き合ってんなら、相手がOKしてくれたら、キスとかそれ以上もできんだろ。
 ...まぁ榊は付き合ってなくてもやってるけど」

「おい、僻んでんじゃねーよ!」

(さかき)は部内で一番垢抜けていて、どちらかというと可愛らしい容姿だが、言動が大人びている。淳平は榊を見る度に、未央のクラスの学級委員長にどこか似ていると思っていた。

「付き合ってなくてもやんのを好む人もいんだろな世の中。男も女も。それは一旦例外としておいといて。
 両思いになる、付き合う、やる。超ハッピーエンド!これだよ」

「岩井ちゃん、いつの間にかヤることに主眼が置かれてるよ」

「うるせーぞ!」

梶と岩井が言い合っている間に、榊も持論を展開し始めた。

「ねぇねぇ神木クン、おれからも何か言って良い?
 オスメスだからって言っちゃうと身もフタもないんだけどさ、互いに好き同士が一矢纏わぬ姿で触れ合うってのがとにかく幸せなんよ。
 あー生きてる意味これかー!みたいな」

「そ!これ以上ないコミュニケーションよな」

「なー」

「岩井はまだ童貞だろ!」


その後も放送禁止用語を交えながら議論は続いたが、淳平は持ち前の振り切りの良さで半ば強引に部室を後にした。

(コミュニケーション、か)

淳平の最も苦手な領域である。

そのことへの興味がないわけではない。しかし、一度踏み込むことでこれまでの関係が崩れるのではないかという恐れが淳平にはあった。しかし、現状、そこに辿り着くずっと手前ですでに躊躇(ためら)っている。

(圧倒的にコミュニケーション不足だったのかもしれない)

(未央の優しさにかまけてたせいだ)



スマホを見ると、未央から「了解!」のスタンプが来ていた。淳平はそのままチャットを開き、今から教室へ向かう旨返信した。