***
「いや、付き合ってるからだろ!!!」
「詩織!...ちょっと声落としてよ!」
翌日の昼休み、小学校から大の仲良しである飯田詩織に昨夕の顛末を話したら、思いのほか憤慨をくらってしまった。
「なんで、言わないの?!
アンタたち付き合ってもう1年でしょ」
「いやー、なんとなく..」
机を挟んで向かい合って座る詩織は、言われた通り声量を落とす代わりに、鼻先がくっつかんばかりに身を乗り出してきた。
「私のカンだと村松はアンタのこと狙ってるね」
「ンフフ、それはないよ。たしか、中1から付き合ってる彼女がいたはずだよ」
「ああ、お嬢様学校にいるって噂の?2人して東大目指してんだっけ。
それは私も聞いたことあんだけどさー、なんつーかカンが騒ぐんだよね。
アイツ絶対裏あるよ。
とんでもないムッツリ野郎の気配する」
「詩織、それは本当に良くないよ。
予想でしかないんでしょ?絶対人に話しちゃダメだよ」
「わかってるよ!
...ほんと、未央と話してっとこっちまで優等生になってくるわ」
褒めてるんだか貶してるんだかわからないことを言いながら、詩織は不満そうにペンを指先でいじる。
「でもさー...ほんとに、なんで付き合ってること隠してんのアンタたち」
急に本筋に戻され、未央はギクリとした。詩織は口を尖らせて、未央をじとりと見つめた。それは未央なら良く知っている、詩織が人に言いにくいことを口にするときの表情だ。
「別に隠してはないんだけど..」
「...あたし、我ながら図々しいって自覚してるけど、未央たちのそういうところには全然踏み込んでこなかったじゃん?
嫌われたくないからだよ。信頼してるし、未央のこと。
あんたたちの仲のことで話したいことがあればきっと未央から話してくれるだろうって、ずーっと待ってた。
なんだけど、さっきから聞いてっと未央しんどそうじゃん?」
「.......。」
そう、高橋未央と神木淳平は昨年の夏から付き合っている。
しかし、未央にとって自分たちカップルの仲が世間一般のそれとギャップがあることを感じていた。そのことが未央を、交際関係をオープンにする行為から遠ざけていた。
人との関係の築き方、他人からの情報の受け取り方・扱い方は人それぞれだが、こと恋愛に関してはあれこれ詮索され、尾鰭がつけられ、見ず知らずの人からも糾弾されがちである。未央は自分自身はともかく、相手まで一緒くたにされ、好奇の目で見られるのが嫌だった。もしこの関係が上手くいかなかったら、誰にも知られず終わりたい。そうすれば誰の批評も受けずに済む。彼も私も。そういう思いだった。
しかし..
目の前の詩織の、親友の心を気遣う言葉を受け、未央は根負けした。
「...あんまり、彼氏彼女してないんだよね、わたしたち」
ぽつぽつと、言葉を選びながら、だいたい次のようなことを伝えた。
まず、淳平は寝ても覚めてもバスケのことで頭がいっぱいの部活(というよりバスケ)一筋人間である。平日はもちろん、休日も幾つかのコミュニティで掛け持ちしているチームの活動に参加しているため、おのずと一緒にいられる時間は限られ、最近2人きりで会話する機会はテスト期間(部活動中止期間)の下校時のみである。
次に、淳平は人一倍無口で、未央は彼から直接“好き”と言われたことがない。ではどうやって両思いになれたのかは後述するが、とにかく彼は自分の感情を多く語らない。未就学児のころから家ぐるみの付き合いだった未央ですら、彼の意図が読めない瞬間が度々ある。2人きりのときはとりとめのない話をして、おそらく心を許してくれているだろうと踏んでいるが、電車に乗っている時間も含めおよそ40分の道中、隣り合って常に同じ方向を向いていると、細かい感情の機微を読み取ることは難しい。
最後に、2人は今だに手を繋いだことすらない。
昼休みの賑やかな教室の隅、窓際の席で未央が一方的にぽつりぽつりとこぼす様子はまるで壁に描いた絵のように、風景と同化している。2人きりの空間で、未央は話を終え、話し始めよりずっと冷えた空気を感じながら、親友のリアクションを待った。
「.....未央はどうなの?」
「......どうって?」
「そんな状態でまだ付き合い続けたいの?
てか、好きなの?あいつのこと」
めちゃくちゃ好きだよ
相手は唯一無二の親友である。それなのに。
誰よりも気の置けない友人にもかかわらず、その一言を発することが未央にはできなかった。
「いや、付き合ってるからだろ!!!」
「詩織!...ちょっと声落としてよ!」
翌日の昼休み、小学校から大の仲良しである飯田詩織に昨夕の顛末を話したら、思いのほか憤慨をくらってしまった。
「なんで、言わないの?!
アンタたち付き合ってもう1年でしょ」
「いやー、なんとなく..」
机を挟んで向かい合って座る詩織は、言われた通り声量を落とす代わりに、鼻先がくっつかんばかりに身を乗り出してきた。
「私のカンだと村松はアンタのこと狙ってるね」
「ンフフ、それはないよ。たしか、中1から付き合ってる彼女がいたはずだよ」
「ああ、お嬢様学校にいるって噂の?2人して東大目指してんだっけ。
それは私も聞いたことあんだけどさー、なんつーかカンが騒ぐんだよね。
アイツ絶対裏あるよ。
とんでもないムッツリ野郎の気配する」
「詩織、それは本当に良くないよ。
予想でしかないんでしょ?絶対人に話しちゃダメだよ」
「わかってるよ!
...ほんと、未央と話してっとこっちまで優等生になってくるわ」
褒めてるんだか貶してるんだかわからないことを言いながら、詩織は不満そうにペンを指先でいじる。
「でもさー...ほんとに、なんで付き合ってること隠してんのアンタたち」
急に本筋に戻され、未央はギクリとした。詩織は口を尖らせて、未央をじとりと見つめた。それは未央なら良く知っている、詩織が人に言いにくいことを口にするときの表情だ。
「別に隠してはないんだけど..」
「...あたし、我ながら図々しいって自覚してるけど、未央たちのそういうところには全然踏み込んでこなかったじゃん?
嫌われたくないからだよ。信頼してるし、未央のこと。
あんたたちの仲のことで話したいことがあればきっと未央から話してくれるだろうって、ずーっと待ってた。
なんだけど、さっきから聞いてっと未央しんどそうじゃん?」
「.......。」
そう、高橋未央と神木淳平は昨年の夏から付き合っている。
しかし、未央にとって自分たちカップルの仲が世間一般のそれとギャップがあることを感じていた。そのことが未央を、交際関係をオープンにする行為から遠ざけていた。
人との関係の築き方、他人からの情報の受け取り方・扱い方は人それぞれだが、こと恋愛に関してはあれこれ詮索され、尾鰭がつけられ、見ず知らずの人からも糾弾されがちである。未央は自分自身はともかく、相手まで一緒くたにされ、好奇の目で見られるのが嫌だった。もしこの関係が上手くいかなかったら、誰にも知られず終わりたい。そうすれば誰の批評も受けずに済む。彼も私も。そういう思いだった。
しかし..
目の前の詩織の、親友の心を気遣う言葉を受け、未央は根負けした。
「...あんまり、彼氏彼女してないんだよね、わたしたち」
ぽつぽつと、言葉を選びながら、だいたい次のようなことを伝えた。
まず、淳平は寝ても覚めてもバスケのことで頭がいっぱいの部活(というよりバスケ)一筋人間である。平日はもちろん、休日も幾つかのコミュニティで掛け持ちしているチームの活動に参加しているため、おのずと一緒にいられる時間は限られ、最近2人きりで会話する機会はテスト期間(部活動中止期間)の下校時のみである。
次に、淳平は人一倍無口で、未央は彼から直接“好き”と言われたことがない。ではどうやって両思いになれたのかは後述するが、とにかく彼は自分の感情を多く語らない。未就学児のころから家ぐるみの付き合いだった未央ですら、彼の意図が読めない瞬間が度々ある。2人きりのときはとりとめのない話をして、おそらく心を許してくれているだろうと踏んでいるが、電車に乗っている時間も含めおよそ40分の道中、隣り合って常に同じ方向を向いていると、細かい感情の機微を読み取ることは難しい。
最後に、2人は今だに手を繋いだことすらない。
昼休みの賑やかな教室の隅、窓際の席で未央が一方的にぽつりぽつりとこぼす様子はまるで壁に描いた絵のように、風景と同化している。2人きりの空間で、未央は話を終え、話し始めよりずっと冷えた空気を感じながら、親友のリアクションを待った。
「.....未央はどうなの?」
「......どうって?」
「そんな状態でまだ付き合い続けたいの?
てか、好きなの?あいつのこと」
めちゃくちゃ好きだよ
相手は唯一無二の親友である。それなのに。
誰よりも気の置けない友人にもかかわらず、その一言を発することが未央にはできなかった。
