すみれは駅前の大きな広場のベンチに腰掛けた。

ここなら明るいから大丈夫だと思った。

再びスマホの電源を入れると、時刻は22時48分を表示している。

と共に大量の着信履歴とラインメッセージが届いていた。

それら全てが航からのものだった。

(どこにいる?)

(友達の家に行ったのか?)

(誰かに呼び出されたのか?)

(お願いだ。とにかく連絡して欲しい)

・・・どうしよう。

こんなに心配させてしまった。

今更家に戻れない。

どうしよう。どうしよう。

すみれはベンチに座りながら頭を抱えてうずくまった。

どれくらいそうしていただろう。

長かったような気もするし、一瞬だったような気もする。

「もしもし。お嬢さん。どうしたの?迷子になったの?」

ふと顔を上げると、白い自転車を引いた警官がすみれの顔を覗き込んでいた。

若くて色が黒く、声の大きなお巡りさんだった。

「名前は?どこに住んでいるの?」

「・・・・・・。」

すみれはただ黙っていた。

「こんな夜に家を出ちゃだめだよ?ご両親が心配しているよ?」

「両親はいません。」

「どうして?」

「事故で死にました。」

「そうか・・・。でもアナタの面倒を見ている大人はいるでしょ?」

「はい。」

「どこから来たの?もしかして遠いところから電車に乗って来たの?」

「ここから15分くらいのところに家があります。」

「じゃあ家まで送っていくから僕と一緒に帰ろうか。」

「・・・はい。」

抗う気力も体力も無くなったすみれは、弱弱しい声で素直にそう返事をした。

「その前に君の名前と自宅の電話番号教えて。お家の人に連絡しておかないと。」

すみれは観念して、名前と電話番号をその警官に伝えた。

警官は自分のスマホで電話をかけた。

「あーもしもし。野口さんのお宅で間違いないでしょうか?今そちらにお住まいの野口すみれちゃんを保護してまして、これから一緒にお宅へ向かいますから。はい、はい、あーわかりました。ちょっとお待ちください。」

その警官はすみれに自分のスマホを手渡した。

「保護者の方がすみれちゃんの声を聞いて確認したいって。ちゃんと謝るんだよ。」

すみれは恐る恐るスマホを耳に当てた。

「・・・航君・・・」

電話の向こうでは少しの間があり、その後航の掠れた声がすみれの耳に届いた。

「・・・すみれか?本当にすみれなんだな?」

「うん。すみれだよ。」

「そうだな。すみれの声だ。俺がすみれの声を間違えるはずがない。・・・とりあえず早く家に帰って来い。桔梗バアちゃんも心配してる。」

「はい。ごめん・・・なさい。」

「謝罪は家に帰ってから聞く。お巡りさんにお礼を言うんだぞ。」

「はい。」

すみれがスマホを返すと、警官がすみれを安心させるためか優しく微笑んだ。

「随分若い声の男性だったけど・・・君のお兄さん?」

「叔父さんです。」

「ああ。叔父さんね。叔父さんそんなに怒ってなかったみたいだ。よかったね。」

すみれはもう人通りもまばらな夜道を、自転車を引く警官の横に並び、とぼとぼと歩いた。

家に早く帰りたいような、帰りたくないような複雑な気持ちだった。

「僕もね、子供の頃に家出したことあるんだよ。弟と喧嘩したんだけど、お袋が弟ばかり庇うからムカついてね。だから君の気持ちはわかるつもりだよ。君も叔父さんと喧嘩したんだろ?」

「・・・はい。」

喧嘩じゃなく、私が一人で落ち込んで拗ねて飛び出しただけだ。

航君はなにも悪くない。

そうすみれは思ったけれど、それをこの警官に言っても伝わらないだろうし、言いたくもなかった。