すみれは航の部屋へ、よく遊びに入った。

航の部屋は6畳の和室で、ベッドと机と本棚があるだけのシンプルな部屋だった。

整理整頓が好きな航の部屋は、いつも綺麗に片付いていた。

本棚には塾で使う参考書や児童心理学の本、歴史小説などがあり、すみれが読めそうな本は残念ながら見つからなかった。

航は人が作った物語よりも、星や生物の辞典といった科学的な本が好きだった。

意外と子供っぽいところもあって、小さな頃から集めていたミニカーを棚に並べて大切に保管していた。

赤いポルシェやメルセデス、ランボルギーニといった高級車から救急車や都バス、バイクといったものまで、そのラインナップは多岐にわたっていた。

すみれはそのミニカーを見るのが好きで、航の部屋へこっそり忍び込んでは、それを机に走らせて遊んでいた。

航はそんなすみれのイタズラを怒りもせず、ときたま吸う煙草を美味しそうに咥えながらそれを眺めていた。

「航君はどうしてそんなにミニカーが好きなの?」

すみれがそう尋ねると、航は窓の外を向きながら言った。

「車の形状が美しいからさ。そして移動手段としての機能も優れている。人間が考え出した文明の利器の最たるものだと俺は思う。」

航はミニカーが飾られている棚に視線を移した。

「それにさ・・・お袋が・・・桔梗バアさんが京都に住んでいた俺に会いに来るときは、いつもそれを持ってきてくれたんだ。それから自分でも買うようになって、気が付いたらこんなに集めてた。」

幼い航君は、本当は実の母親と、桔梗お祖母ちゃんと一緒に暮らしたかったに違いない、とすみれは思った。

「航君、京都にいたとき淋しかった?」

「・・・いや。京都の養父母は俺にとても優しくしてくれたよ。友達も少なからず出来たし、古い町並みも好きだった。だから全然淋しくなかった。」

でも航が嘘を付いていることはすぐに分かった。

航は嘘を付くとき、視線を斜め下へ逸らす。

「すみれ。京都の人間は話を早く切り上げたい時は相手に、いい時計してますねって言うんだ。俺は空気が読めないからそれで苦労したよ。でもそれは京都の人の智恵なんだ。決して悪いことじゃない。」

「ふーん。」

「でもすみれはさ、言いたいことがあったらはっきり言えよ?俺は察することが苦手だからな。言われるまで気付かない。」

じゃあ私は何度でも航君に「好き」を伝えよう・・・すみれはそう思った。