わたしこと、エートは混乱していた。


「ひざまずいてエートの手の甲に、
口づけるというのはどうだろう?」

「は?」

 天然な管理人長マオが
 何様、おれ様、魔王様なヴァンに
 そんな提案を言ってのけたからだ。

 時間はしばし、さかのぼる。



***



 ヴァンの暴走事件の次の日。

 わたしとヴァン、そしてマオはダンジョンの地下五階。

 土のエリアにいた。



「ヴァンパイアの本性をコントロールしたい。
やり方、教えろ。
あと、練習の監督もしてくれ」



 そう、ヴァンがマオに頼んだからだ。

 なんていうか、頼むにしては上から目線だよね。

 でも、マオは、
「おまえからの頼み事は、めずらしいな……」と、
ちょっとうれしそうな顔になって、
「いいぞ」とこころよく承諾してくれた。

 マンションで魔王化してコントロールの練習をすると、ものを壊すといけない。

 ってことで、このダンジョンまでやってきたのだ。



「さて、ヴァン。
ヴァンパイアの本性をコントロールしたいと言っていたが……。
具体的には、どうなりたいんだ?」

「血を飲んで、魔王化しても正気をたもっていたい」

「ふむ。だれの血を飲むんだ」

「そりゃ、エートのだろ。
召喚の契約もしたし、いざって時におれが魔王化できた方がいい」

「ほう。つまり、戦闘時の魔王化だな」



 マオはあごに手をあて、ちょっとの間考えこみ……、口を開いた。



「ひざまずいてエートの手の甲に、
口づけるというのはどうだろう?」

「は?」



 わたしとヴァンの声が重なった。

 マオってば、何言ってるの?

 今って、魔王化をどうコントロールするかっていう話だったよね?

 なぜに、令嬢への正式な挨拶みたいな話になってんの?

 想像するだけで、かーっと顔が熱くなる。

 ヴァンひざまずき、優しくわたしの手をとって、甲にキス。

 まるで、王子様みたいじゃん!

 ちら、とヴァンを見ると、眉の間にシワをよせて、
 困惑ともあきれともとれる表情をしていた。