恋花ロマンチカ

もう遅いのに、あっと息を飲み、急いで口に手を当てた。

「……だれ?1年生?」

訊ねられたのが自分だと認識するのに時間が掛かり、わたわたとしながら頷けば、「ふーん…」と、机の上から降りようともせずに、気だるげに返事をする片桐先輩。耳触りの良い声だな、と、天が二物を与える不公平さに不満さえ覚える。

緩くセットされた漆黒の髪、シャープな顎のライン、色気のある平行二重の瞳、すぅっと通った鼻筋、薄い唇。横顔なんて、たまらなく美しい。

多分この人とは生まれた時から造形が人より違うんだ、きっとそうだ。

「見すぎじゃない?」

いつの間にか彼は胡座をかいて、頬杖を作ってあたしを見下ろしていた。

その甘い笑顔に、一瞬、ドキリと胸が高らかに鳴いたものだから急いで視線を逸らす。

「し、失礼しました」

そして当初の予定を思い出す。「何してるの?」

「資料を…戻しに」

「わざわざ?」

「はぁ、クラス委員なので」


…なんで、帰らないんだろう。と、疑問は気づかないふりをして、手の中にある資料を棚に戻す。

一つ、二つと軽くなるうちに、ふわり、どこからか舞う風に乗り、甘い香りが漂う。と同時、資料をざっくりと奪われ、目が点になった。

「えっ、なにして」

「んー?頑張っている一年のお手伝い」

王子様は慈善活動も嗜む人らしい。

見上げても美しい人。

───ジンクス、あるらしいよ。


あろう事か、あの言葉が蘇った。好奇心が緩やかにあたしの首を絞めると、

「………付き合ってくれませんか?」

言うはずのない言葉は、無意識の内に出た。