空と海と、願いごと

 海で溺れかけてケガしたなんて、小5の女の子にはかなりショックなできごとだったはず。

 だけど――。だからなのかもしれないけど、わたしはパパと海に出かけたことも、溺れかけたことも覚えてない。

 小5の夏に、友達とプールに行っておかしくなったことは覚えてるのに。パパと海に行ったことはまったく記憶に残ってない。

 そんなわたしに、パパやママやお医者さんは、すごく怖い思いをしたときは、そのときのことを思い出さないように脳が拒否しちゃうことがあるって教えてくれた。

 それは心を守るための防衛反応で。わたしが忘れてる記憶は、いつか心が大丈夫だって思えたときに思い出すかもしれないし、このまま忘れたままかもしれない。

 わたしがプールや不意打ちで水に濡れるのが苦手なのは、たぶん小5の夏の事故が原因。

 水辺が苦手なわたしを海辺の田舎町に連れてくるなんて……。太一さんはパパにとってよっぽど大事な友達なんだろう。

 とはいえ、わたしも、海や川やプールに行けないわけじゃない。

 今だって、足が水に濡れない安全な場所に立っていれば、海辺でも全然平気。だからパパとママは、わたしをここに連れてきても大丈夫だって判断したのかもしれない。

 ザザン、ザザン。

 波音がうるさく響く海を見つめて、またため息を吐く。

 そろそろ部屋に戻ろうかな。そう思ったとき、沖のほうからひときわ大きな波がゆっくりと海岸に押し寄せてきた。

 ぼう然と眺めていると――。

 ザザーン。

 これまでで一番大きな音がして、わたしが安全だと思って立っていた、まだ砂の濡れていなかった場所まで波がきた。