少ししゃべって、本にサインを入れて、渡す。そんな同じような作業を繰り返していれば、正直に言ってファン一人一人はいつもほぼ印象に残らない。
──しかし、今日に限ってはそうじゃなかった。
「わ、ほ、本物の櫻田先生! どうしよ、やば、目の前にいる!!」
順番がまわり佑馬の目の前に来たのは、湧き上がる興奮をどうにか治めようと手で口を押さえ、潤んだ目で佑馬を見つめる少女。
歳は恐らく高校生ぐらい。さらりとした黒髪に丸い瞳の可愛らしい子だ。
──似ている、と思った。
あの子に似ている。容姿もそっくりだが、そう思った原因はそれよりも。
「病院のにおい……」
消毒液などの薬剤を主とした、独特のにおい。それをこの少女は纏っている。
それが容姿と相まって、彼女を連想させるのだ。
周りに聞こえないように小さく呟いたつもりだったが、目の前の少女には届いていたらしい。