またそれ以上に、今は勉強が大事だと思っている。


 本命校受験時に母が重篤な状況に陥った。

 拓斗は試験を欠席し、滑り止めで受けたこの学校に通うことを決めた。

 その後間もなく母は他界した。

 後悔はしていない。受験より母のほうが大事だっただけだ。

 大学受験を成功させ、目的の大学に入れば、天国の母も喜んでくれるはずだ、そう考えている。

 カノジョが欲しいと愚痴る友達を横目に、拓斗は再び胸の内でため息をついた。

(わかるよ、その気持ちは。でも、俺にはそんな余裕ないし。大学に入れても、今度は司法試験合格に向けて猛勉強が待っている。女はまだまだ先だ)

 思春期の男の子だ。誰だってカノジョが欲しい。

 目の前の勉強をしなければならないと思えば思う程、恋もしたいと考える。だが、弁護士を目指す拓斗には、確かにそんな余裕はなかった。

 とはいえでは本当に恋人など欲しくないのか? そう問われると複雑な思いに駆られる。

(カノジョか……)

 拓斗は神野から視線を動かし、教室の窓側に移した。無意識の行動だった。その視線が別の少女を捉える。

 窓際に座って外を眺めているのは榛原(はいばら)(あかね)

 ごく普通の女子高生だ。

(榛原、また窓の外を見てるなぁ)

 茜は間もなく神野に顔を向けた。しばし眺めると、ため息をつき、正面を向いた。

 その時、授業が始まるチャイムが鳴った。

 その日の授業がすべて終わると拓斗は職員室へ向かった。担任が待っていたとばかりに顔を向ける。

 横に立って「どうですか?」といきなり聞いた。

「今の成績なら十分希望の大学に行ける。心配することはない」
「そうですか」
「あえて言うなら、英語だな。もう少しあったら本当に安泰だろう」
「そうですね。わかっています。頑張ります」
「生徒をエコ贔屓するわけじゃないが、島津の場合は他の生徒と事情が違うし、なんでも相談に乗るから遠慮するなよ」

 拓斗は心配そうに覗き込む担任に向けて苦笑すると、「大丈夫です」と答えた。

「親父さんから頼まれているから、俺としてもほっとけないし」
「父は心配性なんです。そんなに気にすることはないです」

 返事をすると、少しばかり担任と会話を交わし、職員室を出た。

 なんだか気が晴れなかった。滑り止めで受けたこの高校に通っているが、悔しさは微塵もない。

 学校はどこでも同じだと考えている。ようは自分がいかに勉強するか、だ。

 とはいえ、弛んだ教室の空気は勉強する意欲を削ぎ、誘惑に駆られることも多い。確かにこのままでは、目指している学校に行くのは難しいのではないか? という不安と焦燥を覚える。