翌日、仕事が終わった茜は名刺の住所を頼りに拓斗を訪ねた。

(うわ、すごい)

 ガラス張りの高層ビル。その高層階に『和泉法律事務所』が入っていて、エレベーターを降りると広いエントランスの奥に据えられている受付に向かった。

「あの、島津先生をお願いしたいのですが。藤、いえ、榛原茜と申します」
「あいにく島津は不在ですが」

 受付の女性スタッフは手元を見ることもなくすぐさま答えた。

「そうなんですか……」

 一瞬、茜の脳裏に不純な憶測が浮かんだ。

 若くて独身のエリート弁護士。イケメンと騒ぐほどではないにしろ、悪くはない容姿にほどほどの身長。きっとモテるはずだ。この女性も? と考えた時、女性スタッフはうっすら微笑んで続けた。

「お約束をいただいておりましたでしょうか?」
「あ、いえ、予約は……すみません、私、知り合いで、近くに来たから」

「ご予約なしのお客様による名指しの面会はお断りしているのです。飛び込みのお客様には、その日の担当者がお話を伺います」
「島津先生に用事があっただけなのでけっこうです」

「申し訳ありません。相談以外の目的でスタッフへの面会を求められる方がいらっしゃるのでこのようなシステムになっております。特に島津はそういったお客様が多いもので。まずはご予約をいただきたく存じます」

 女性スタッフの微笑みは変わらずそのままだ。茜は羞恥で体が熱くなるのを感じた。

「島津先生は私のことはご存知なので、訪ねてきたとお伝えください。それでわかると思います」
「かしこまりました」

 携帯番号を言おうかと迷った。だがここでそれを口にすると嘘をついているように思われそうで踏みとどまった。

 もし拓斗が気にしてくれるなら、カフェに来てくれるはずだ。さらに受付スタッフの言葉にも引っかかった。

『そういったお客様』とはどういう意味だ? エリート弁護士に突撃アタックでもしようと目論んでいるとでも思っているのか。

 怒りが湧いてくるのを感じながら、無理やり顔を微笑ませて頭を下げると、急いで身を翻し、エレベーターのボタンを押した。

(早く来て!)

 受付スタッフに見られているような気がして仕方がない。もちろん、その目には嘲笑が含まれているはずだ。

(早く!)

 ライトが上昇を示す。間もなく到着だ。ようやくライトがこの階で止まった。

「あ」

 それはどちらの声だったのか。開いたエレベーターの奥にいたのは拓斗だった。