その頃、茜はスマートフォンが震えていることに気がついた。

『茜、話がある。大事な話。これから送るメールの住所に今すぐ来てほしい』

(拓斗君、今日は予備校じゃ……)

 記されている住所にはマンション名があり、その様子から拓斗の家だと思われた。

 予備校を休んでまで呼びだすのだからよほどの内容なのだろう。

 茜は少し悩んだが、行くことにした。別れるにしても、やはりこのまま自然消滅するのはイヤだった。

 神野になにもせず、無視すればいいと言われたが、一言ぐらいは拓斗に伝えたいことがあったし、なにより謝りたかった。

 メールには茜の最寄り駅からの道順が記されていたので迷わず到着することができた。

「拓斗君」

 ドアフォンを押し、現れた拓斗を見て茜は息をのんだ。

 てっきり怒っていると思っていた拓斗の顔には、穏やかでやさしい笑みが浮かんでいたのだ。

「俺、基本、一人暮らしだから。親父は年末ギリギリに帰ってくる予定」

 意味深な言葉がいきなり投げかけられ、茜は思わず顔を真っ赤に染めた。

 男が一人でいる家に入っていく意味ぐらいわかる。

 しかしながら、そういうことに気を配っていた拓斗がわざわざ言うのだから、そっちの意味を示していることは明らかだ。

 茜は激しく打つ心臓の音を聞きながら靴を脱いだ。

「お邪魔しま――」

 その瞬間、茜は拓斗の胸の中にいた。

「!」

 そして、キス。

「んん」

 深くて激しいキスに茜が声を出した。

 拓斗の腕がガッチリと茜を捕らえている。

 拓斗は茜の口の中に舌を入れ、ますます激しく翻弄した。

「ん……は、ぅ」

 やっと離れた二人の顔が互いを見つめ合う。

 茜の足が急にガクガクと震え始めた。

「事情はわかった。神野に別れろって言われたんだろ? バカ!」
「…………」

「力一杯フッてきた。俺のカノジョは茜だけだから」
「でも」

「神野もバカ女だけど、茜もバカ女だ。本人である俺の気持ちを無視して、勝手にあいつとくっつくって思うんだから」
「だ、だって……私には、とてもじゃないけど」

「茜が神野にコンプレックスを持っていることはよく知ってる。だけどそれとこれとは話が違う。俺の気持ちを無視するのは間違ってるだろ? そういうことは俺に聞いてからにしろよ。俺の好きなのは茜だけだ。茜がつきあいたくないって言うなら、それは仕方がないけど、どうしてつきあいたくなくなったのか納得できる説明をしてからにしてくれ。じゃないと、別れない! 絶対別れない! 茜、俺、本当の意味でお前が欲しい」
「…………」

「だから家に呼んだ。親父は年末にならないと帰ってこない。今、俺に全部くれ。じゃないと落ち着かなくて、なにもかも手につかないんだ。こんなの、もうイヤだ。茜、好きだから」

 茜の目から涙が溢れて流れ落ちた。