「最初はものすごい剣幕で、私、怖かったですもの。それを訴状の取り下げに至らせたのは先生の手腕です。素晴らしいと思います」
「…………」

 再々「いえ」では不興を買うと思い、拓斗は言葉をのみ込んだ。うっすら微笑み、小さくかぶりを振った。

「買いかぶりです。話を聞いた時点で無茶な言いがかりだと思いましたから」

 医療ミスだと騒ぎたてた患者とその家族。医者の注意を聞かず、勝手に飲食をし、病状を悪化させたのだ。

 話しあえばそれなりに収まったはずなのに、誰に入れ知恵されたのか、弁護士をつけて裁判だなどと騒ぐものだから話は大きくなった。

 相談を受けた拓斗は検査の結果やその過程、訪問者、お見舞いなどの内容を調べ、病院側に不手際などなかったことを相手側に示した。

 病院側は逆に名誉棄損で訴えることもできたが、穏便に済ませたいとのことだったので、原告は訴状を取り下げるに至った。それでも半年かかった。

「医者の資格を持つ弁護士なんてすごいです」
「……知佳さん、何度も言いますが、僕は医学部を出ているだけで医者ではありません」
「研修を受けていないから登録できないだけで、知識はお医者様と変わりないと思いますけど」
「いえ、現場経験を積んでこそプロです。僕は駆けだしの弁護士にしかすぎません」

 言葉を選んで答える。だが知佳には拓斗の苛立ちが伝わったようで、困ったように目を逸らせてしまった。

 まずかったと思い、言葉を続けようとした時、知佳が顔を戻して話し始めた。

「実は今日、先生に大切なお話があってお誘いしたんですの」

 拓斗は微笑む知佳の顔を見つめた。

 彼女の顔には今までの、拓斗の顔色を窺うような様子がなかった。それは明確な苦笑だった。

「大切な話?」

 知佳が「はい」と言って頷く。

「その前に、一つお伺いいたします。先生、好きな方がいらっしゃいますか?」
「……え?」

 意外な質問に言葉を失う。

「そうでなければ、好きな方ができましたか?」
「どういう意味ですか?」

 知佳がかぶりを振る。