拓斗は日本最難関のT大医学部を目指している。

 とはいえ医者になるのではない。医学の知識を持った弁護士になろうと考えていた。

 大学受験のあとは司法試験が待っている。恋愛に没頭している余裕はない。

 今、カノジョを作ったところで一緒に過ごす時間は少ないだろうし、大学が異なったらすれ違うだろうと思われる。

 司法試験合格を目指して勉強を始めればますます会うこともできない。終わりの見えている交際を始めても仕方がない。

 恋愛は司法試験に合格してからでいい――そんなふうに思っていたが、茜との関係は例外のような気がしていた。

     ***

「あ、いた! よかった!」

 そう言って教室に入ってきたのは学園のアイドル、神野真子。

 本物のアイドルになるべくプロダクションに所属している。最近はグラビアなどの仕事も取れるようになり、本人はすっかり人気アイドルを気取っている。

 着崩した制服の胸元からは、はち切れんばかりの豊かな谷間が見えた。

「ねぇ、島津君、お願いがあるの!」

 そう言って拓斗に近づく。何事かと思っていると、媚びたような目を向けて笑った。

「島津君ってさぁ、勉強得意なんでしょ? 私ね、仕事してるじゃない? 欠席多い上に成績良くないの。数学の先生には特に目をつけられていてマジでヤバいのよ。明日提出の宿題、写させてもらえない? 一時間目なのに、私、今夜、撮影の仕事が入ってるから遅くなるのよ。お願い!」

「……宿題写すの? 神野が? 俺のを?」
「うん!」

 拓斗の顔が瞬時に曇った。それを神野が目ざとく察し、体を寄せて上目使いに見上げた。

「ダメなの? ねぇ、助けると思って、お願いだからぁ。次からは自分で勉強するからぁ」
「…………」
「イヤなの?」
「イヤとかじゃなく、バレて叱られるんじゃないかと思って」
「バレるかなぁ?」

 神野はクスクスと笑った。そんな様子を拓斗は呆れたように見つめた。

(こいつ、俺が首席って知ってんのかな? 底辺にいるヤツが上位の宿題丸写しにしたらモロバレなのに。まぁいいか、俺の知ったこっちゃないし……先生になにか言われたら、うるさかったからって言えばいいか)

 拓斗は宿題のプリントを取り出した。

「明日、欠席とかナシだぜ」
「ありがと! 大丈夫よ。だって休んだら完全アウトだもん。助かるぅ~!」

 神野はそのプリントを手にするとうれしそうに去っていった。

 その背を見送り、拓斗は深いため息をついた。