新くんはファーストキスを奪いたい




 会計を終えた新が再び鞠の下に戻ろうと歩みを進めたが、先ほどの場所には誰もいなくて。

 辺りを簡単に見回した時、本屋を出ていこうとする後ろ姿を僅かに捉えた。



「鞠?」



 待ってて、という会話を忘れてしまった?
 新は買ったばかりの本を鞄に突っ込み、直ぐに本屋を出て追いかけた。


 施設内の通路は休日ということもあって人通りが多く、鞠がどこへ向かったのかわからない。

 ただ、方向だけは間違いなくて、人並みをかき分けながら見覚えのある後ろ姿を探す。

 そしてようやく、その肩を掴んだ。



「鞠!」
「わ、新くん……⁉︎」
「一人で勝手に行動したらはぐれるよ」



 振り向いた鞠はバツの悪そうな表情をしていて。
 しかし見つかった時の言い訳もちゃんと考えていたから、作り笑顔を浮かべて対応する。



「メールしようと思ってた、寄りたいお店思い出したから」
「だったら一緒に行こうよ、待っててって言ったのに」
「う、うん……」
「いや、待たせてごめん。行こっか、寄りたいお店ってどこ?」
「えーとね、っ……」



 しかし肝心の、寄りたいお店を考えていなかった。初めからそんなものなんて無かった鞠は、適当な答えが出せず沈黙してしまう。

 二人の間に微妙な空気が漂い始めて、様子を心配した新が気配りの声をかけた。



「疲れた? どっかで休憩しようか」
「え……」
「ここから一番近いのは、歩いた先の角にカフェが」
「今日はもう、帰ろっかな」



 予想もしていなかった鞠の一言が、新の身動きを停止させた。
 通行人が行き交う騒がしい通路の雑音が、不思議と遠くに感じる。

 だけど、できればまだ帰したくないと思っている新が引き止める理由を並べた。



「まだ三時だよ」
「……うん、でもいっぱい遊んだから」
「鞠はもう、充分ってこと?」
「そうだね、楽しかったよ」



 そう言ってニコリと笑顔を咲かせる鞠を見て、新の心は鈍痛が走った。

 まだまだ一緒にいたいと思っているのが自分だけだと思い知らされた気がして、悲しくなった。