怒りバロメーターとかいてある体温計のようなものが公園のベンチに置いてある。説明書きを読むと――怒りを測定し、怒りエネルギーを吸い込みます。地球環境のために怒りをエネルギーに変換する事業です。怒りエネルギーは当社で換金いたします。会社名は「ねがいや」と書いてある。

 市内にある会社らしい。連絡先もちゃんと書いてあるし、誰かが落としたのだろうか。交番に届けるべきだろうか。説明を読むと、続きが書いてあった。これは、無料で配布しておりますので、是非とも怒りを吸い込んで当社へお持ちください。

 怒りをエネルギーとして数値化できる機械。しかも、それが地球環境のためになるなんて、いいことじゃないか。しかも、無料配布で換金もしてくれるときた。中学生のおこづかいじゃ欲しいものも買えないからな。

 少年はニコニコしながらコンビニのほうへ歩くと、店の中から怒鳴り声がする。早速怒っている人を発見した。怒りバロメーターをその人の方向に向けると、数値が出る。50らしい。どうやら店員が商品を間違えて渡したということでおじさんが怒鳴ったらしい。すると、バロメーターから透明に近い光が出る。そして、おじさんから怒りを吸い取った。すると、おじさんはなんで怒っていたのだろうという顔をして、ニコニコして帰宅していく。

 本物だ!!!
 人から怒りを吸い取るなんて、いいバロメーターだな。社会貢献にもなるじゃないか。怒りを笑顔に変えるなんてすばらしい。たまった数値が表示されていた。

 中学校に持っていく。しょっちゅう怒ってばかりの先生に向かって何度もバロメーターを向ける。その度、先生の怒りは収まり、クラスメイトは安堵の表情だ。人々のためにいいことしているなと自己陶酔する。英雄気取りの少年は、放課後ケンカしている同級生を見つける。二人ともめちゃくちゃ怒っている。これは、結構集まりそうだな。

 怒りバロメーターを向けると、二人の目つきがたちまち優しくなる。今日一日だけでバロメーターの数値は500くらいたまった。

 よし、もっと集めるぞ!!

 少年はもっと怒らせようと親や友達にわざと悪口を言うことも増えた。その変化に気づいた母親はとても心配していた。

 しばらく経った頃――そろそろ換金に行こうかな。どれくらいの値段で買い取ってくれるのだろう。ある時、住所のビルに向かう決意をする。中学生でも買い取りは大丈夫だろうか。そんな不安も若干よぎる。

 ビルはごく普通のビルだった。そこに会社があり、受付の女性にバロメーターを差し出す。
「1万貯まったので、換金お願いします」
「じゃあ1万円ですね」
「そんなにもらえるんですか」
「少しお待ちください。ここに住所と電話番号とお名前を記入してください」

 横を見ると、以前中学校内でケンカしていた同級生の一人が来ていた。怒りバロメーターを持っている。つまり、彼も所有して換金していたのだろう。
「実は、最近、友達や家族に敬遠されていて――。お金がたまるのは助かりますが、どうしたらいいのか困っているんです」

 対応している社員がにこやかに知らない形のバロメーターを差し出す。
「そういった相談が多いんですよね。相手を怒らせてしまって社会的な信用を失ってしまったと。そういった方には、こちらの商品をお勧めしています。にこやかバロメーターは、相手をにこやかにさせると数値化されて、換金できるシステムになっております。こちらは5万円です」

「5万円って――俺が今まで換金した額ですよ。相手をにこやかにさせるって結構難しいですよ。怒らせる方が簡単だ」
「怒らせてお金がもらえるのなら換金できる仕事だと割り切ってください。これは、環境エネルギーに変換するための事業です。あなたは充分社会貢献している」

 少年は感じていた。この会社の異様な空気を。にこやかにさせるとお金になる――。でも、そのバロメーターは5万円だ。そんなものがなくても、相手をにこやかにすれば、人間関係は潤滑になるのではないだろうか。お金云々じゃない。人として道を踏みはずすところだった。

 少年はお金を受け取る前にその場を立ち去った。これ以上関わり、個人情報を知られたら、なんとなく厄介なことになりそうな気がしたからだ。もちろんバロメーターも置いてきた。これでもう、関わらなくて済む。そう確信する。

 いつも通り帰宅すると、母の手に見慣れないものがあった。でも、先程見たバロメーターと同じ形だ。母は、なぜかにこやかバロメーターをもって少年に向けていたんだ。