憧れのCEOは一途女子を愛でる

 倫治さんから彼女を甘味処に連れていくように頼まれた。
 彼女は話の展開におろおろとしていたが、俺はふたりでゆっくり話す良い機会だと思って快く了承する。

「今まで忘れてましたけど、私、今日はスッピンでした。こんなときに限って服装も……」

 案内されたテーブル席でメニュー表を手に取ろうとしたら、突然彼女がそう言って両手で自分の頬を覆い隠した。
 今さらなにを、とおかしくて笑いが込み上げてくる。
 服装はいたって普通で恥じる部分はないし、スッピンの彼女は普段とそんなに変わらず肌が綺麗で透明感がある。
 なのに、こんな姿は見せられないとばかりにあわてる彼女が本当にかわいくて、その表情や仕草から目が離せなくなった。

 やられた……そんな感覚だった。
 恋に落ちる瞬間なんて誰にもわかりはしないだろうと斜めに見ていたけれど、本当にあるのかとこのとき思い知った。
「とりあえず注文しよう」などと口にして平静を装ったが、俺の胸は高鳴ったままだった。

「ジニアールで働いていると言っても私のことはご存知ありませんよね」

 会話の途中で彼女がそんな言葉を口にした。

「知ってるよ。伊地知さんのお気に入りだから」

 それもあるけれど、なんなら最終面接のときから覚えている。そう言えば彼女が余計に恐縮するのは目に見えているので口にするのは辞めておいた。
 俺が会社で認識をしていると伝えただけでうれしそうな顔をする彼女に、さらにぐっと来た。
 
 今日は傘がなくて困っている祖父を碁会所まで迎えに来ただけだった。
 祖父は騙し討ちで見合いをさせるつもりで、俺はまんまとその罠にかかったのだから祖父に対して文句を言うべきなのだが、相手が彼女なら話は別だ。
 逆に、引き合わせてくれてありがとうという感謝の気持ちが湧いた。ふたりで話をして心の距離を縮めるきっかけになったし、彼女をどう思っているのか自分の気持ちを確認できた。