憧れのCEOは一途女子を愛でる

 ふたりは大学が同じで友達なのだと女性は主張したが、香椎さんはそれにひどく驚いていた。本当に友達なのだとしたらその反応はおかしいと思う。

 女性が帰り際に小さなメモを渡してきたけれど、これもよくあることだ。友利(ともり)百合菜という名前が書かれてあるのが見えた。おそらくほかには携帯番号やメッセージアプリのIDが添えてあるのだろう。
 相手が来店客ということもあり、カドが立たないように一応受け取るものの、俺から連絡する気は一切ない。

 以前に俺がどこでこの女性を見かけたのか、あとになってようやく思い出した。
 あれは数ヶ月前のことだ。俺が接待で訪れたフレンチレストランにほかの来店客としてこの女性も来ていた。
 どうして覚えているのかと言えば、彼女は十歳以上年上だと思われる男性と食事をしていたのだが、なにか気に障ることがあったのか目の前の男をひどくなじっていたからだ。
 友利さんは元々声が高いのもあり、大きな声を出せば余計にキンキンと耳に響く。
 なにごとかとレストランのスタッフが声をかけると、八つ当たりするようにスタッフにも暴言を吐いていて見るに()えなかった。
 そうだ、あのときの気の強い女性だ と記憶がよみがえってきた。

 この日、外出先で仕事を済ませた俺は遅い時間になったが会社へ戻ることにした。
 香椎さんはきっとまだ残業をしているだろう。責任感の強い彼女がケロリとしているはずがない。
 コーヒーの差し入れを持って店舗運営部に赴くと、ひとりでパソコン画面を見つめつつむずかしい顔をする彼女がいた。

「きちんと始末書を提出して自分への戒めにします」

 がんばる女性は好きだ。だけど彼女は常に一生懸命で気を張りすぎていると思う。
 それとも今回のことは友利さんが絡んでいるのが理由で、今も泣きそうな顔になっているのだろうか。

「あのお客様と君は友達?」

「違います」

 彼女は迷いなく即座に否定をした。どういうつもりか知らないが、やはりあの女性がウソをついたのだ。

「そんな顔をされたら抱きしめたくなるけど、会社の中じゃ無理だな」

 涙目になっている彼女を目の前にしても、そう言葉をかけるので精一杯だった。
 本当はギュッと抱きしめたかったけれど、彼女の気持ちが俺に向いていないなら単なるひとりよがりになる。