憧れのCEOは一途女子を愛でる

 数日後、本店でトラブルが起きた。
 ゴルフウェアの展示の動線は俺も気になっていたため様子を見に行ったところ、マネキンが倒れて近くにいた女性客を驚かせてしまった場面に遭遇した。
 おそらく展示台の上に設置したマネキンのバランスが崩れ、台から落ちたのだろう。

「最近アミュゾンが人気だって聞いたから来てみたのに、なんて店なのよ!」

 マネキンは女性客の身体には当たらなかった。それは俺が自分の目で見ていたからたしかだ。
 もちろん驚かせたのは申し訳なく思うが、怪我はしていないはずなのに、その女性客は対応した店長に罵声を浴びせていた。

「こちらの不手際でお客様を驚かせてご不快な思いをさせてしまいました。心よりお詫びいたします」

 なんとか穏便に収めるために俺がていねいに頭を下げると、急に女性客が態度を軟化させた。とりあえずは事なきを得そうだ。
 しかし、この女性を以前にどこかで見かけた気がするのだが、それがいつだったかすぐに思い出せない。

 そんなふうに考え込んでいると、少し離れた場所にいた香椎さんが「百合菜」とその女性の名前を口にした。どうやら知り合いのようだ。

「冴実が私に謝るなんて、さぞかし屈辱だろうね」

 謝罪をする香椎さんに対し、勝ち誇ったように言い放った女性客の言葉が引っかかった。いったいどういう意味なのだろう?
 ふたりにはなにか因縁があるらしい。その証拠に、香椎さんは怯えるように小さく震えている。

「神谷さんは独身ですか?」

 女性客が突然そう聞いてきたけれど、俺はこの質問をされるのには慣れている。
 名刺が欲しいというので仕方なく渡したら、香椎さんがひどく心配そうな顔をしていた。
 この女性があとでなにかしら連絡してくるつもりなのはこの時点で予想がつくけれど、そのときは秘書が対応するから気に止めなくていい。