「ごめんなさい」
淡々と指摘する瀬戸くんに、何と言って良いのか判らず謝る。
表情は変わらないけど、何だか怒ってる様に見える。
「さっさと行くぞ。お前に任せてたら学校まで何時間かかるか判らないからな」
そう言って歩き出す瀬戸くんを、追いかけようと残った袋を持って気がついた。
『瀬戸くん、重い袋ばかり持ってくれてる』

残っている袋はどれもお菓子で軽い。
瀬戸くんの優しさに申し訳ない気持ちになり、わたしはまた謝ってしまう。
「そこは礼を言ってくれた方が嬉しいけど」
彼が、前を向いたまま話しかけてくれる。
男の子から、こんな風に優しい言葉をかけられるのは初めてだ。
わたしは謝りかけた言葉の後で、「ありがとう」とお礼を言った。
学校までの長い坂道でも、遅れがちになるわたしを気遣って、何度も立ち止まってくれた。

学校に着くと瀬戸くんは、調理室に氷を貰いに行くと言うので、先に部室へ向かった。
わたしの袋は軽いものばかりなので、三階の部室までさほど苦労せずに行ける。
『早く帰って遅くなった事、部長に謝らなくっちゃ…』
わたしの頭の中はもう、塚本部長でいっぱいだった。
早く部長の顔が見たい。
声が訊きたい。
そんな弾む気持ちで部室のドアに近づくと、中から先輩たちの笑い声が聞こえた。
思わず顔がほころんでしまう。

「お前持てないって判ってて、よくあれだけの買い物させるよな。ひでぇやつ」
ドアを開けようとする手が止まる。
「いいじゃねぇか。あんなクソブス!何の役にも立たないんだから、少しは楽しませてもらわねぇと」
わたしは躰が固まって動けなかった。
ブサイクなのは、自分が一番よく判ってるけど、部長に言われるとやっぱり辛い…
少しでも動いたり、声を出したりしたら、涙が出てきそうだった。
わたしは涙を我慢する為に、じっとその場で唇を噛んで立っていた。

暫くして、瀬戸くんの戻ってくる足音が聞こえてきた。
彼も中に入ろうとしたけど、先輩たちが言ってるわたしへの悪評に、部室へ入れず黙って訊いている。
きっと瀬戸くんも、先輩たちからこんなに言われているわたしに、呆れてる筈だ。
にも関わらず、不意に瀬戸くんがドアを開けた。
わたしはびっくりして心臓が止まりそうになる。
『どうしよう…どんな顔して先輩の顔を見たらいいの?』
わたしはどうして良いか判らず、震えながらその場にしゃがみこんでしまった。
中で、何か言い合う声が聞こえる。
然う斯うするうち、再び瀬戸くんが出てきたかと思ったら、わたしを見ずに叫んだ。
「三ツ木遅いぞ!全くお前は鈍臭いな!」
そして、わたしの足元にあった買い物袋を持って、また部室に入って行った。
わたしは中の様子も判らず、しゃがみこんだまま動けなかった。

暫くして、何事も無かったような顔で出てきた瀬戸くんが、わたしに声をかけてくれた。
「立てるか?」
わたしは頷いたけど、上手く足に力が入らない。
茫然としているわたしに、瀬戸くんが近づいて来て腕をまわされたかと思ったら、そのまま抱き上げられた。

「えっ!?」
これってお姫様抱っこだよね?
よくマンガとかで見る…
わたしなんかは、一生経験する事無いと思ってたのに!
「せっ…せっ…瀬戸くん?」
びっくりしたのと、何かの間違いじゃないかと躰を少し離したら、
「黙って捕まってろよ。落ちるぞ」
瀬戸くんの淡々とした声が耳元で聞こえる。
平気な顔をして歩いて行く彼に、わたしは内心焦った。
『わ…わたし42キロもあるんだよ!?』

そんなわたしを抱えたまま、瀬戸くんはゆっくり階段を下りていく。
わたしは申し訳ないと思いつつ、怖くて瀬戸くんにしがみつき、目をつぶって顔を伏せた。
怖い事もさることながら、近くにいる人がまじまじとこちらを見ているからだ。
わたしなんかが、男子にこんな事されたなんて、クラスの人達に知られたら何言われるか判らない。
立ちどころに話のネタにされて、クラスの笑い者になること間違いなしだ。