ガタっと椅子が動く。

障害物となっていた椅子をずらし、まっすぐに歩き出す葵斗。

それを壁に隠れながらじっと眺めていた。

葵斗が教室から出ていったら壁から離れて帰ろう、そう思って息をひそめていた。


(……あれ、なんか近いぞ? んん……?)


扉に向かっている……はずだったのに気づけば葵斗が目の前に立っている。

特殊な布を使い、壁と一体化して見える状態の葉緩は首を傾げる。

そんな隙だらけの葉緩に、思わぬ出来事が訪れた。



ーーチュッ。



(ん? んん? なんぞや、これ。なにか、感触が……? 壁布になにか押し当たって……)


その感触が離れたあとも、葉緩は言葉を発することが出来ない。

葵斗の瞳に映るのは“壁”だ。


「やっぱ、いいな」


クスッとやわらかく微笑む葵斗。

マシュマロのようにふわふわした姿に葉緩は無表情で硬直していた。


「絶対に振り向いてもらうから」


再び布越しに不思議な感触が重なる。

無表情を貫いているが葉緩の思考がグルグルとまわっていた。


(心臓が! だめ、動揺は気配隠しに影響が!)


しばらくして満足したのか、葵斗が離れるとあっさりと教室から出ていった。

葉緩は腰を抜かし、布を手放して壁伝いに床に座り込む。


「……なんだったの? 壁にキスとか……いつも眠そうだけど寝ぼけすぎては?」


隠れていることはばれていない。

その考えだけは揺らがないため、葵斗の行動が奇行としか思えない。

壁にキスをする物好きとして葉緩は認識した。


「よくあるぬいぐるみにチューする感覚? でも壁だよ?」


考え込みながら唇に触れてみる。

長いまつ毛を伏せたキレイな葵斗の顔を思い出し、葉緩は赤く茹で上がった。

葵斗の謎めいたボディタッチとは違い、唇を重ねることには意味を感じていた。


「……私のファーストキス。 いや、壁越しだからノーカン……」


桐哉と柚姫のキスならばどれだけ興奮したことだろう。

よくわからないまま重ねてしまった唇に、葉緩の思考はショートした。


「……帰ろう。 今の状況、無為無策なり」


結局、現実逃避。

無心になろうと葉緩は素早い動きで帰路につくのであった。