壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜



「……葉緩?」

「……私はずっと桐哉くんと柚姫の幸せを願ってきました。だから自分のことを考えたことがなくて」



葵斗の制服を握りしめる。

いつの間にか身体を隠していたはずの布は落ちていて、背中は壁に密着していた。

気づいたら壁に追い込まれていて、葵斗の背に手を回している。

押しつぶされてしまいそうだ。



「自分のことになるとよくわかりません。 でも葵斗くんは嫌じゃないです」



これが今の葉緩が葵斗に向けられる精一杯の誠意である。

自分とまともに向き合ったことがなかったために、自分のために誰かを意識する行為に戸惑いばかりであった。



「匂いもわからないです。だから考える時間が……ほしいです」



(誰かを好きになることは喜ばしいこと。ドキドキするし、ふわふわします)



――ズキズキ。



(なのに何か……つっかえてる気がするのです)



拭えぬ違和感に頭が痛くなる。

そんな葉緩の黒髪を葵斗は指で梳き、後頭部を撫でてきた。



「うん、待ってる。葉緩が好きって言ってくれるの、待ってるから」



ぶわっと全身の毛穴が開いたかのように葉緩は激しく動揺した。



「ちょっと、好きになると決まったわけでは──」


「葉緩好き。大好きだ」

「わっ!? あ、葵斗くん!?」




――葵斗が葉緩を抱き上げた瞬間、風を切る音が耳に入る。

瞬時に葉緩は切り替え、葵斗と共に後退する。

元居た場所には複数の手裏剣が刺さっていた。