「私は匂いがわからない。だから葵斗くんが番と言われてもピンと来ない」
「……あなたさえ引いてくれればいいの。葵斗には本来の番と夫婦になってもらう」
――イラッ!
やがて行き着くは腹立つというものだった。
葵斗も、咲千代も、勝手なことばかり葉緩へぶつけてきて何だというのか。
葉緩には身に覚えのないことばかりで、困惑はやがて苛立ちへと変化した。
(勝手なことばかり言って! 大体、振り回してくるのは葵斗くんの方です!)
勝手に抱きしめてきて、勝手にキスをしてくる。
乙女の冒涜ばかりする葵斗に怒りを覚えずにはいられない。
同意のないキスは痛いばかりだ。
桐哉と柚姫を見ているときの優しくて甘い気持ちとはかけ離れている。
ちっとも甘くない、はずだった。
(……何故だかそれが嫌ではなかった。もっと葵斗くんに触れてほしいとさえ感じた)
――思い通りにならない。
ただ、桐哉と柚姫が幸せに結ばれてくれればいい。
それだけが葉緩の願いだったというのに。
葵斗が現れてからというもの、葉緩の中で大きくなっていく欲から目をそらせない。
「……ムカつく」
「なに?」
「ムカつくと言ったのです。私を脅すのではなく、葵斗くんに言ってくださいよ」
「はっ?」
「振り回されてるのはこっちです! こっちは主様と姫のイチャイチャのために死力を尽くしているのにいつも邪魔ばかり!」
それだけのために生きてきたというのに、ぐらついてばかりで自分に腹が立つ。
こんなことでお役目全うだとは、なんというバカげた話なのだろう。
主への忠儀心に恥じた。