壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜

「……やっぱり、朝起きるの厳しいな。でも日中に動けるようにならないと」


そこにふらふらした足取りで道を歩く葵斗が現れる。

ボーッとした様子でいつ倒れてもおかしくない眠気に襲われているようだ。


「……この匂い」


それでも特定の匂いには反応する。目を閉じ、口角をあげ大きく深呼吸をした。


「やっぱり、いい匂い。すごくキレイな澄んだ香りだ」


(ん? あれ、いつの間に望月くんが……)


俯いていた葉緩はようやく葵斗の存在に気付く。

迷わずこちらに向かってくる葵斗に目を奪われ、身体を硬直させる。



「……もっと触れたらいいのに。そしたらきっと……」



ーーチュッ。


誰もいない通学路。

チャイムの音が鳴り響く中、そっと壁に重なったものがあった。

音が鳴むまでそれは動くことがなかった。



「……遅刻だね。 ……保健室で寝ようかな」


クスッと珍しく声を出して微笑むと、葵斗はご機嫌な様子で去っていく。

姿が見えなくなるまで葉緩は壁と一体化し、ピクリとも動かなかった。

特殊な布がめくれ、顔を出すと葉緩は布を握りその場にしゃがむ。

頭をぐらぐらとさせ、赤くなる頬を誤魔化すように布に顔をうずめた。


「……また壁にキス? なんなの? 壁好きなの?」


わけがわからない。

壁にキスをする人種ははじめて見る。

これはいわゆる“新人類”というものなのか。



「昨日は教室の壁。今日は外の壁。……無差別の壁襲撃!?」


今まで葉緩の壁に隠れる技はばれたことがない。

むしろその気配隠しは宗芭のお墨付きである。


ゆえに葵斗にバレているとは想像もしなかった。



「なんだか複雑です。モヤモヤします。……壁とはいえ、擬態してるだけの私ですから」


結局遅刻となり、葉緩は担任にこってりと怒られるのであった。