side安斎

目の前の溢れる涙を必死に止めようと
する依子さんを見て
僕は何も声が掛けられずにいた。

それは依子さんが宮城を思って泣いていることに胸が痛んでいることもあるが
一番の要因は自分のせいで依子さんを泣かせてしまっていることだった。

辛い思いをさせているのは依子さんだけでない。
宮城だって引っ越しの翌日からまるで抜け殻のようだ。

“宮城は今でも依子さんのことを想っている”

そう一言教えてあげればいいのに、その言葉がのどの奥につっかえて出てこないのは誰でもない自分の為なのだ。

依子さんを宮城に取られたくないという身勝手な防衛本能から僕はその言葉をどうしても口に出すことができないでいた。

「すみません。」

「いいえ...大丈夫ですよ。」

そう言って笑顔を張り付けて依子さんを労わる言葉かける自分を
卑怯で最低だと思う。

自分がこんなにも嫌な人間だとは思わなかった。

自分の好きな人が別の人を想うことが
こんなにも苦しいなら
いっそのこと依子さんと出会わなければ良かったと後悔するほどだった。