「僕はこれが結婚のラストチャンスだと思ってる。依子さんに恋心を抱くまでは、仕事だって趣味だって充実しているし、今更他人と共同生活なんて煩わしいと思ってた。
だけど、依子さんと話してるといつの間にか彼女との結婚生活を思い描くようになってたんだ。彼女との二人の生活は楽しそうだなって..」

安斎さんの依子への思いの大きさに
思わず額を押さえて黙り込んだ。

もしこれがまだ10代の学生の時に聞かれたのなら
何を言っているのだ?俺が幸せにすると後先考えることなく
言えることができただろう。

だけど、今まで少なからず色々な恋愛をしてきた中で
恋愛において絶対というものはないということも分かってきた。


「正直、僕はまだ先のこととか考えていません...
少し時間をもらえませんか?
多分、俺は依子さんの近くにいたら決断できないと思います。
彼女にアプローチするのは俺が彼女の元から
離れてからにしてほしいです。
やっぱり、近くで彼女が別の人と幸せになるのを
手をたたいて祝福できるほど俺は大人じゃないんで。すみません...」

「宮城はそれでもいいのか?」

「はい。依子さんをよろしくお願いします。」

俺は安斎さんに向けて深く頭を下げた。

安斎さんは「分かった」そう呟くと
休憩室から出て行った。

一人残された休憩室はシーンと静まり返る。

俺はソファーに座ったまま悔しさと情けなさで
涙が零れてきてスーツの袖で「くそっ」と
声をにじませながら涙を拭った。

それからしばらくの間、大地の洟をすする音だけが部屋に響いていた。