「……菜乃は、僕のものなのに」
「ちがう……。ちがう、わたしはものじゃない」
ましてや彼の所有物でもない。
震える声で懸命に返す。
いままでずっと目を背けてきた現実を突きつけられた。
理人がわたしの気持ちをないがしろにしていること。
自分のためだけに一緒にいたこと。
目を背け、耳を塞いできた。
鈍感になろうとしていた。
それは、わたしの世界に彼しかいなかったから。
(でも、もうわたしはひとりじゃない)
変われる。頑張れる。
これからは理人に依存しなくても、ひとりぼっちじゃない。
「理人。わたし、好きな人ができたの」
思いきって告げた。
いつも優しさと勇気と自信をくれる“彼”と出会って、曇っていた視界が晴れた。
このままじゃいけない、って一歩踏み出せた。
「え……?」
理人の表情が強張った。
驚いたように目を見張り、首を横に振る。
「嘘だ、ありえない……。菜乃の“一番”は僕じゃなきゃ……」
縋るように伸ばされた手から、わたしはとっさにあとずさった。
逃れるように。拒絶するように。
いつから、わたしたちの歯車は狂い始めていたのだろう。
ただの幼なじみと言うには近すぎて、どんどん依存するようになって、異様な関係性になっていった。
────この瞬間を分岐点に、わたしたちの時間は止まった。
歪み始めていた歯車はこのとき、音を立てて壊れた。
「……っ」
しばらく口をつぐんでいた理人が、素早く一歩踏み込む。
ガッ、と両手で勢いよくわたしの首を掴んだ。
ぎりぎりと締め上げられ、息ができなくなっていく。
彼の色と温度を失った顔には、何の表情も浮かんでいなかった。
けれど、その瞳には深い悲しみの色が広がっている。
嘆くようで、責めるようで、打ちひしがれるような、複雑な暗色が混ざり合っていた。
「う、ぅ……」
痛い。苦しい。苦しくてたまらない。
だけど、それ以上に理人もすごく苦しそうだった。
(どうして……)
戸惑いと混乱に明け暮れる中、わたしは死に際に強く願ったのだ。
もう一度、やり直したい────と。



