狂愛メランコリー


 悔やむように眉を寄せる彼に、思わず尋ねた。

 どうして真っ先に彼のことが気にかかったのかは、わたしにも分からなかった。

「…………」

 向坂くんは表情を歪めたまま答えない。
 ふと、その頬に赤い点が飛んでいることに気づいた。

 それだけじゃなく、向坂くんのシャツも赤く染まっている。

 嫌な、恐ろしい予感がした。

「……!」

 彼の背後に、伸びた脚が見えた。

 その周りに広がる真っ赤な血の海も、傍らに転がる血まみれのペティナイフも。

 やっと気がついた。
 先ほどから続く耳鳴りやノイズは、周囲の悲鳴とざわめきだったのだ。

「りひと……?」

 無理やり身体を起こすと、内側に鋭い痛みが走った。
 焼けるように熱い。ちぎれるように痛い。

(なんで。何で、理人が……どうして?)

 何かあったときには、確かに向坂くんに助けてもらおうと思っていた。
 わたしが殺される結末を変えるために。

 ────でも、ちがう。

 こんなの、わたしが望んだ結末じゃない。

「花宮……!」

 立ち上がれるだけの気力や体力はなく、這って理人のもとへ近づいた。

 浅い呼吸の隙間で呻き声がこぼれる。
 身体が重くて力が入らない。

「……り……」

 視界は霞んでいたものの、横たわった彼がまだ微弱ながら息をしているのは分かる。

(よかった……)

 青白いその肌を、真っ赤な血が滴り落ちていく。

 わたしは弱々しくナイフに手を伸ばした。

(まだ、間に合う。やり直せる……)

 腕を支えにどうにか身を起こす。

 震える両手でナイフの()を握り締め、切っ先を自分に向けた。

 わたしが死ねば、理人も助かる。

 ────でも、もし。

 わたしより先に彼が死んだら、ループはどうなるんだろう?

 はたとよぎったその疑問に、気持ちが揺らいだ。

 ループの目的が、理人に殺されないようにすることなら。

 そもそものきっかけを作った理人がいなくなったら、すべてが終わるのかもしれない。

 じゃあ、このままでいいの?