ふと静かに呼びかけられ、焦りを募らせていたわたしは顔を上げる。
理人がゆっくりとこちらを向いた。
「ごめんね」
何が、なのだろう。
何の“ごめん”……？
戸惑いながら、わけを尋ねようと口を開く。
「り……」
ふいに声が詰まった。
いや、呼吸が喉につかえて息が止まった。
「……っ」
反射的に喉元に手を添える。
コップが地面に転がって、ばしゃ、とココアがこぼれた。
(何、これ……)
内臓が焼けるように熱くなって、思わず咳き込むと口から血があふれた。
震えるてのひらに広がった赤色を目の当たりに、困惑しながら理人を見やる。
儚げな微笑をたたえる彼が傾いていく────ちがう、わたしが崩れ落ちたんだ。
ベンチから滑り落ちるように、どさ、と地面に倒れ込む。
「花宮！」
どこかから向坂くんの声がした。
耳鳴りがして、うまく音を拾えない。
痛い。熱い。苦しい。
身体の内側が爛れていくみたいだ。
浅い呼吸を繰り返しながら呆然とする。
(ココアに、何か入れられてたの……？)
でも、どうしてなのだろう。
今回はずっと、うまくやれていると思っていた。
順調だったはずなのに。
(わたし、また何か失敗しちゃった……？)
────目の前の光景をぼんやりと捉えていた。
向坂くんの怒声がくぐもる。
彼が理人を突き飛ばすと、ふたりともがわたしの視界からいなくなる。
遠のく意識の中、ああ、と思い至った。
(関係、なかったね……)
人目があるとか、そんなことは理人の殺しを阻害する要因にはなり得ない。
どのみちわたしが死んだら巻き戻るのだ。
見られたって、誰も覚えていない。
「……花宮！ 大丈夫か!?」
ややあって、再び向坂くんの声がした。
視界がぐらつき、抱き起こされたのだと悟る。
「……向坂、くん……」
「悪ぃ、俺……近くにいたのに」
「り、ひと、は……？」
