狂愛メランコリー


 何のためにだろう?
 内心首を傾げつつも、理人に刺殺(しさつ)された“前回”の結末を説明する。

 飛び散った血のこととか、包丁の冷たい感触とか、死ぬ瞬間の苦痛とか────。

 気分が悪くなるんじゃないか、と思って省いたそんな詳細まで、彼は聞きたがった。

「……(むご)いな。残酷」

 話し終えたとき、向坂くんが呟いた。

 死を繰り返しているせいで、わたしは感覚が麻痺しているのだろうか。
 こんな話に対しても、もう驚くほど抵抗感がない。

「でも、どうしてまたこんなこと?」

「いや、別に。……気になって」

 彼は彼で、ループについて何か考察してくれているのかもしれない。

「どんなことが?」

「……いや、まだいい。いまは」

「でも────」

「いいから。それよりもう教室戻れ」

 そう言われてはっとする。
 もう理人は戻ってきているかもしれない。

 今回記憶をなくしたのは、理人が死に際に腕時計を奪ったせいにちがいない。
 だから、彼はいまもわたしが何も覚えていないと思っているはず。

 今日の理人は上機嫌だった。
 それは、わたしが記憶をなくしたから?

(それなら……きっと、このままぜんぶ忘れたふりをしておいた方がいいよね)

 そう思いながら、向坂くんに頷く。

「分かった。ありがとう、向坂くん」

 噛み締めるように礼を告げ、きびすを返した。

「……ちょっと待て」

 呼び止められて振り向くと、向坂くんは手にしたスマホを掲げた。



「!」

 教室の戸枠から中を覗くと、理人は既にわたしの前の席に座っていた。

 机に頬杖をつくその横顔は、物憂げな雰囲気を漂わせている。

「…………」

 わたしは一度、深呼吸をしてから踏み出した。
 気づいた彼が顔を上げる。

「……菜乃。どこ行ってたの?」

「ちょっと、お手洗い」

 曖昧に笑いながら椅子に座る。

 理人の表情は、純粋に心配してくれているように見えた。

 わたしに記憶がないと思っているから、警戒を解いているのかもしれない。