「なあ、おまえのはどうした?」
ふと尋ねられてきょとんとしてしまうと、彼はわたしの左手首を指した。
「あ……今朝、なくしちゃって。理人が持っていったのかも」
記憶の秘密に気づいたなら、きっとそうなのだと思う。
知らない、と言っていたけれど彼にはそれをするチャンスがあった。
「マジかよ。それはまずいだろ」
「バレないように取り返してみる。すぐには無理かもしれないけど、殺されるまでには……」
「……そうだな。最悪、俺が何とかすればいいか」
もし、腕時計を取り返せないまま死ぬことになったら、覚えている彼がすべて教えてくれる。
きっとそういう意味だろう。
「あ、これありがとう」
借りていた腕時計を差し出した。
「かわいいね、それ」
思わず言うと、向坂くんは「これか」と受け取ったそれを眺めながら言う。
「借りもんだけどな」
どき、と心臓が音を立てた。
「誰、の……?」
聞くかどうか一瞬迷って、勇気を出して尋ねた。
向坂くんは無愛想で口が悪いけれど、かっこいいし優しいから、彼女のひとりくらいいるかもしれない。
改めて考えると、いままでその可能性を考えずに接していたことが逆に不思議なくらいだ。
「姉ちゃんの。俺のはちょうど電池切れてたからさ。あー、バレたらキレられそう」
無断で持ち出したらしく、苦い表情を浮かべている。
「あ、お姉さんの……! そっか、そうなんだ。お姉さんいるんだね」
ほっとした。
すごく、安心した。
「か、彼女さん……とかかなと思った」
「は? いねぇよ、そんなもん」
……よかった。
心底ほっとして、一気に肩から力が抜ける。
こんなときでもわたしは向坂くんのことが好きで、その気持ちは時を刻むごとに膨らんでいく。
高鳴る鼓動が心地よくて、苦しいのに嬉しい。
「んなことはどーでもいいから、もっと詳しく教えてくれ」
「え、何を?」
「“前回”のこと。どうやって殺されたか」



