狂愛メランコリー


 分からない。戸惑って、うろたえてしまう。
 確かに浮かんだのに、その名前も顔も思い出せない。

「菜乃?」

 顔を上げると、心配そうな表情の理人が振り返っていた。

「本当に大丈夫? 何か顔色悪いみたいだけど」

「え、あ、大丈夫! 全然平気だよ」

 このこともなぜか話す気にはなれなくて、曖昧に笑って誤魔化した。



「ごめん、菜乃。今日クラス委員の集まりがあるから、お昼先に食べてて」

 昼休み、わたしのもとへ来た理人は申し訳なさそうに言った。

 当たり前のように一緒に食べられると思っていたから、受けたショックを隠しきれない。

「そっか……。分かった」

「待ってて、すぐ戻ってくるから」

 ふわりと微笑み、優しく頭を撫でられる。

 周囲の女の子たちの視線が刺さったけれど、気づかないふりをして(もろ)い心を必死に守った。
 わたしには、理人さえいれば十分だ。

 ────彼を見送ると、机の上にランチバッグを置く。

「……っ」

 ずき、と頭痛がして、支えるように額を押さえた。

 頭の中に断片的な映像が流れ込んでくる。
 黒い(もや)がかかったみたいに不鮮明だ。

(なに……?)

 ひときわ目立つ赤い血溜まりが瞼の裏を焼く。

 疼く背中と、冷たい金属の感触。
 力が入らなくて、息が苦しくて、だんだん身体が動かなくなっていく絶望感。

「!」

 思い出した。
 これは、今朝見た夢だ。

「────花宮」

 ふいに呼びかけられて、はたと現実に返る。
 少しずつ頭痛の波が引いていった。

「あ……」

 見上げた先には、不良っぽい雰囲気の見知らぬ男子がいた。

 黒髪と、光るピアスと、意思の強そうな真っ黒な瞳。
 いまはそこに案ずるような色が滲んでいる。

(……何でだろう?)

 知らないはずなのに何だかすごくほっとして、身体の強張りがほどけていく。

「向坂くん」