狂愛メランコリー


「菜乃を起こしてっておばさんに頼まれたんだけど、ノックしても反応なくて……。勝手に入ってごめんね」

「う、ううん。わたしこそ二度寝しちゃって……」

「そうみたいだね。じゃあ、外で待ってるから」

 気恥ずかしいやら申し訳ないやらで慌てると、くすりと笑った彼が部屋を出ていく。

 大急ぎで準備を整えて、最後に腕時計をつけようとしたけれど見当たらなかった。

「あれ?」

 いつもは机の上に置いているそれが消えている。
 手近なところや制服のポケットなんかを探ってみたけれど、どこにもなかった。

 時間もないし、理人を待たせるのも忍びなくて、仕方なく一旦諦めると家を出た。

「待たせちゃってごめんね、理人!」

「全然大丈夫だよ。……むしろ、ちょうどよかった。確信もできたことだしね」

「え?」

「ううん、何でもない。行こうか」

 何だかいつもより嬉しそうに見えた。
 いいことでもあったのかな。

「そうだ。わたしの腕時計、見なかった?」

「……さあ? 知らないけど」

「そっか……。どうしよう、理人がくれたやつなのになくしちゃったかも」

「そんなの気にしないで。今年の誕生日にまた新しいの贈るから」

 落胆から気落ちするわたしに、微笑んだ彼が優しく言ってくれた。

「ありがとう……」

 やわく告げる。
 悲しいけれど諦めて、理人の言うように割りきるしかなさそうだ

 ────それから他愛もない会話を交わす傍ら、ふと今朝見た夢のことを思い出していた。

 はっきりとは覚えていないけれど、誰かに殺される悪夢だった。

 痛くて、苦しくて、あまりに生々しかったから忘れられない。

「どうかした?」

「あ、ううん。大丈夫」

 とっさに首を横に振っていて、そんな自分に困惑した。

 いつもだったら絶対、理人に話すはずなのに思い留まってしまった。

(理人じゃなくて、────くんに話して……)

 そこまで考えて、はっとした。
 ぴたりと足が止まる。

(誰……?)

 わたしはいま、誰のことを思い浮かべたのだろう。