だけど、理人の言う通りだ。
向坂くんを下手に刺激して、実害を生んではまずい。
早めに電気を消してベッドに入ると、頭まで布団を被った。
カーテン越しに感じる視線が、気のせいであることを願いながら────。
◇
「もしかしたら、幻だったのかも……」
そう呟いた声は昼休みのざわめきに消えることなく、理人の耳にも届いたようだった。
いつものように教室まで来てくれて、空いたわたしの前の席に座った彼は「ん?」と顔をもたげる。
「向坂くんのこと」
その名前を口にすることさえ何だか不安で、つい箸が止まる。
昨晩、家の前に現れた彼は、今朝カーテンの隙間から恐る恐る確かめたときにはいなくなっていた。
最初から気のせいだったんじゃないかと思うほど、今日は姿すら見ていない。
「……ああ、そうかもね」
そう答えた理人の声と眼差しは、どこか冷たく感じられた。
「理人……?」
「あ、ごめんごめん」
思わず戸惑っていると、彼は苦く笑う。
「言ったでしょ、気にしなくていいって。もう彼のことは考えなくていいよ」
励ましてくれているというよりは、どこか圧を感じるような言い方だった。
考えるな、なんて言われても、気にしないなんて到底無理なのに。
ゆらゆらと鉛が沈んで心が重たくなる。
止まった箸を弁当箱の上に置いて、わたしは席を立った。
「あ、えと……ちょっとお手洗い」
────鏡の前でため息をつく。
突き放されたようでショックだった。
わたしには理人しか頼れる人がいないのに、あんなふうに言われたらもう何も言えない。
「……いつでも頼って、って言ってくれたのに」
彼の前では口にできなかった言葉を返す。
そうやって駄々をこねたら、折れてくれることは分かっている。
だけど、理人の負担になりたくない。
いつでも完璧で涼しげな彼の隣を歩くには、鈍感で素直な自分でいるしかない。
理人だけを見て、言う通りにして、理人のことだけを考えていればいい。
分かっているのに、いまはそれでも不安な気持ちと怖い思いが心の隙間に滑り込んでくる。
再びため息をこぼしながら、お手洗いを出る。
「!」



