お菓子の話だろう。

 昔からここに遊びに来ると、お茶やジュースと一緒にお菓子も出してくれた。

「いいの、気遣わないで」

「でも……。あ、林檎でも切ろうか」

 テーブルの上に置いてあったバスケットから、赤く熟れた林檎を取り出す理人。

「じゃあ、お願い」

 そう言うと、微笑んだ彼は引き出しから包丁を取り出した。

 私は何気なく部屋を見回し、すん、と懐かしい香りを吸い込んだ。

「昔に戻ったみたい」

「そうだね」

 理人が木製のまな板の上に林檎を置いた。

「覚えてる? 伯母さん、私が来るといつも────」

「“大きくなったら結婚”……ってやつ?」

 彼は先んじて言うと、こと、と静かに包丁を置く。

 カウンターの向こうにいる私を真っ直ぐに見つめた。

 不意に、完全な静寂に包まれる。

「僕は本気」

 窓から射し込む柔らかい光に、理人の髪が透き通っていた。

 その眼差しは凜然としていて、少しも揺らがない。

「今もそう思ってるよ」

 かち、こち、と秒針が時を刻み込む音だけが場を支配する。

 私は理人から目を逸らせなくなった。

「菜乃」

 キッチンから出てきた理人は、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。

 ……心臓がどきどきした。
 鼓動が速まり、何だか胸が苦しい。

「好きだよ」

 ────分かっていた、はずだった。

 それなのに、理人の焼き菓子みたいな甘い声に心が揺さぶられる。

 痺れるように指先と頬が熱を帯びた。

 愛おしげな眼差しはいつもと同じで、それだけに悟る。

 ……いつも、いつも理人は伝えてくれていたんだね。

 私に、あふれんばかりの好きだって想いを。

「理人……」

 思わずその名を呟くと、彼が一歩踏み込んだ。

 背中に手を添えられ、そのまま引き寄せられる。

 ふわりと包み込むように抱き締められた。

「小さいときからずっと好きだった。僕には菜乃しかいないんだ」

 ぎゅう、と抱きすくめられる。

 熱っぽくて、それでいて切なげな声色。

(私、知らなかったよ……)

 こんなにも強く想われていたなんて。

 自分の無神経さが申し訳なくなる。

 幼なじみだ、という認識は、私が傷つかないための予防線だったんだ。

 そのせいで彼の気持ちにも気付けなかった。

「…………」

 ────でも。

 でも、やっぱり私は……理人とは、幼なじみなんだ。

 彼のような“好き”には、どうしたって変化しない。

「……ごめん、理人。私────」

「だからさ、菜乃」

 私の言葉を遮り、理人は言う。

 離れると、勢いよく私の両肩を掴んだ。

「僕と一緒に死のう」