狂愛メランコリー


「大丈夫、ひとりぼっちにはしないよ。僕も一緒に死ぬから」

 わたしが死にさえすれば、理人が生きていても死んでいても関係ないのだろう。

「少しだけ我慢してね。一瞬で終わらせてあげるから」

「いや……っ」

 すくんだ足を必死で動かし、背を向けて駆け出そうとした。
 けれど、髪を掴まれてバランスを崩す。

 逃れるようにもがくうち、どす、と身体に熱い衝撃が走った。

 熱いのに、沈み込んだ冷たい金属の感触を感じる。
 その数秒後、思い出したように激痛が訪れた。

「逃げると辛いのが長引くよ?」

「ぅ、あ……っ」

 背中に突き立てられていた包丁が抜かれると、(ひるがえ)った血飛沫が壁に飛んだ。

 あふれた血が制服に染みを作り、床に血溜まりが広がる。
 力が抜けて、どさりと崩れ落ちた。

「……っ」

 痛い。
 痛い痛い痛い痛い……!

 ずきずき、じくじく、波動が響いていくように疼く。

(やだ、嫌だ。死にたくない……)

 逃げるように床を這った。
 屈んだ理人は、わたしを仰向けにして馬乗りになる。

「いいね、その表情(かお)。何度見ても飽きないよ」

 そう言ってわたしを見下ろす彼の顔は、恍惚(こうこつ)と酔いしれるようだった。

 べったりと血に濡れた手で頬を撫でられる。
 ぬる、と生あたたかくて気持ちが悪い。

「う……っ」

 呼吸が浅くなり、ひどく苦しかった。

 どろりと生ぬるい血が背中からあふれていくのが分かる。

「言い残したことがあるなら聞くよ、菜乃」

 視界が歪んで理人の顔がぼやける。
 もう、声も出せない。

(向坂くん……)

 何より怖いのは、殺されることそのものより、忘れてしまうことだ。

 怖くてたまらない。忘れたくない。
 つ、と涙が伝い落ちた。

「……ごめんね、意地悪だったね。いま、楽にしてあげる」

 わたしの涙を見た理人が包丁を振り上げたのが、ぼんやりと霞んで見えた。

(……何で、こうなっちゃうんだろう)

 どうして、うまくいかないんだろう。

 最初から、わたしたちにハッピーエンドなんてないのかもしれない。

 こんな苦しみが延々と続くなら、もういっそのこと────。

(ううん、だめ。やっぱり諦めたくない……)

 早く、巻き戻って。
 やり直させて。

 次は、次こそは失敗しない。