────分かっていた、はずだった。
それなのに、理人の焼き菓子みたいな甘い声に心が揺さぶられる。
愛おしげな眼差しはいつもと同じで、それだけに悟る。
いつもいつも、理人はわたしに伝えてくれていたんだ。
あふれんばかりの好きだって想いを。
「理人……」
背中に手を添えられ、そのまま引き寄せられる。
ふわりと包み込むように抱き締められた。
「小さい頃からずっと好きだった。僕には菜乃しかいないんだ」
ぎゅう、と抱きすくめられる。
熱っぽくて、それでいて切なげな声色。
(わたし、知らなかったよ……)
こんなにも強く想われていたなんて。
自分の無神経さが申し訳なくて心苦しい。
幼なじみだという認識は、わたしが傷つかないための予防線だったんだ。
そのせいで彼の気持ちにも気づけなかった。
────でも。
(やっぱり、わたしは……)
理人とは、幼なじみなんだ。
彼のような“好き”には、どうしたって変化しない。
「……ごめん、理人。わたし────」
「だからさ、菜乃」
彼は遮って言う。
ばっと離れると、勢いよくわたしの両肩を掴んだ。
「僕と一緒に死のう」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「え……?」
「この世界を終わらせるんだ」
理人は嬉々として、再びカウンターの向こうへ回った。
林檎のそばに置いていた包丁を手に取り、こちら側へ戻ってくる。
「ちょっと、待って」
「分かってるよ。菜乃は僕の想いに応えられないんでしょ? あいつが好きだから」
足がすくむ。心臓が嫌なふうに収縮している。
強張った頬から血の気が引いていくのが分かった。
「今回のきみはいい子だったね。僕に嘘をつかなかった」
「理人……」
「でも、僕に何されたか覚えていながら、ここへのこのこついてきたんでしょ?」
彼が包丁の刃を指先でなぞった。
「諦めたってこと? それとも、僕に殺されることを望んでるの?」



